この世の金持ちや賢者たち、そして羊飼いも同じように赦され、主のみ前に受け入れられたのです。それはイエスを信じて礼拝したからです。一方、主に関する知識があっても、高慢さとこの世の目で物事を計り、自分の要求ばかり満たす事に忙しくて、主を見失っている場合もあります。
「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は『不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君』と呼ばれる。」(イザヤ9:6)
ヨシュアは私たちに素晴らしい教訓を残しています。「もしも主に仕えることがあなたがたの気に入らないなら、川の向こうにいたあなたがたの先祖たちが仕えた神々でも、今あなたがたが住んでいる地のエモリ人の神々でも、あなたがたが仕えようと思うものを、どれでも、きょう選ぶがよい。私と私の家とは、主に仕える。」(ヨシュア24:15)
エルサレムからシャロ一ム |