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Key For The Bible
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 あなたもお子さんや友人に「私の目を見て、もう一度言ってみなさい」と言ったことがあるでしよう。すると相手は目を見て言うのはいやだとばかり、何か悪いことでもしたように、落ち着きがなくなります。どうして相手の目(視線)を避けるのでしょう。それは相手に自分の心の奥底まで見抜かれるような気がするからです。自分の隠しておきたい部分に侵入されたくないのです。仲の良い友だちに、抱えていた問題や心配事を見抜かれ、どうしてわかったの」と聞くと、「あなたの顔にそう書いてあるわ」と言われたことがありませんか。

 顔の表情で、その人の心配事や考えていることまでが分かります。相手を良く知るようになると、表情をとおして、まるで虫眼鏡で見るかのようにはっきり見えてきます。その人は幸福な人、怒っている人、罪を犯した人、満足している人……など、顔に表れてしまうのです。

 主はご自分の心の奥底を見せるために、み顔を隠さずに見せてくださっています。

◆輝き
 主は「わたしはあなたたちの方に輝いた顔を向ける」と言われました。なぜ私たちは「み顔の輝き」を求めるのでしょう。聖書に何度も書かれているように、輝きは光です。夜明けに朝日が昇り、辺りを明るくするように闇夜を照らします。そして「祝福の光」とは、各人の心の中にあるキリストの光を指しています。

 聖書に、「光は主の実在を現す」と書いてあります。神は光のある場所におられ、そしてそのきらきら光り輝く明かりに皆がひれ伏します。光である主の内には闇がありません。神がおられる時、また天の使者が現われる時、いつも光がありました。

 この「光」と「闇」の意味は理解しにくいと思います。それは私たちの頭の中に、先入観に基づく光と闇があるからです。主は光であり、暗いところは全くありません。いつも輝いておられるということは、眠らないということでしょうか。そのとおりです。主はいつも起きておられ、眠ることもまどろむこともなさいません。意識的に関心を集中し、いつも私たちのそばにいてくださいます。人が神に立ち返った時、その人がすっかり変えられたことが外観からも分かります。モーセがその良い例です。主の臨在に満たされてシナイ山から下山した時、人々は「頭に袋か何かをかぶってください。あなたの顔が主の光の反射で見えません。そばに寄りつくことさえできません」と言ったことを考えてみてください。このように、主のそばにいるとは、何か素晴らしい光を感じることなのです。

 「主が顔の光を私たちに照らされます」という時の「輝き」や「照らす」の意味は、「神聖な認可を得る」ということに関連付けられます。主の存在の中に承認があり、私たちの存在や行動、態度を喜んでくださるのです。ですから、主のみ前には不純物は焼き尽くされる必要があります。

 ダニエル書9章で、ダニエルは「御顔を上げて、御顔の光をあなたの荒れ果てた聖所に輝かせてください。そしてエルサレムを再建してください」と嘆願しています。これは実際に、「あなたのみ顔の光をエルサレムに輝かせ、この荒れ果てた状態の中に光を照らしてください」という意味でした。

 
 
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