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 聖書にあるように、「テーブルを囲んで食事する」とは、和解のしるしです。ヨハネ21章で、イエスはペテロが最悪な状況でご自分を裏切ったことを知りながら、ガリラヤ湖の岸辺でペテロに食事の準備をされました。つまり、イエス自らが、和解の場所を作ってくださったのです。それを見て、ペテロはイエスが自分を赦してくださったことを知りました。イエスがペテロに「私を愛しますか」と聞かれた時、彼はへりくだって、「はい、イエスさま」と答えました。イエスはペテロを赦し、「私の羊の世話をしなさい」と言われました。すなわち「他の弟子たちの目を私の方に向けさせなさい」と言われたのです。主が、欠点の多い、迷える羊であるということをご存知の上で、私たちを受け入れてくださっていることを再確認し、その愛に甘えて、ゆだねて行こうではありませんか。

 「私たちは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。」(エペソ2:8-9)。イエスは私たちの牧者です。私たちは彼の血と憐れみにより、主に近い者となることができました。迷える羊である私たちを、元の群れに連れ戻してくださったのです。そこで気づかなければならない点は、次のみことばです。「人は行ないによって義と認められるのであって、信仰だけによるのではないことがわかるでしよう。」(ヤコブ2:24)、「……行ないのない信仰は、死んでいるのです。」(同26)

 主は私たちを愛し、彼に従う私たちをとおして、主の真実が明らかになることを望んでおられます。そして弟子たちにされたように、一緒に泣いたり、笑ったり、慈悲深く教えたり、時には抑制したり、勇気づけたり……と骨を折ってくださるのです。

 粘土が陶器師の手の中にあるように、私たちも従順に主のみ手の中に留まらなければなりません。もし、私たちが頑固になってそうしないなら、主の望まれる素晴らしい器になることはできません。ですから、あきらめずに勇気を出して、すべてを主にゆだね、弟子として主と共に手をつないで歩んでまいりましょう。そうすれば、私たちの人生に、偉大なるキリストの奇跡が起こり始めます。

 エルサレムからシャロ一ム

 
 
 
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