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 ペテロが岸に着いた時、イエスは彼を赦されました。「ペテロ、私を本当に愛していますか。あなたのすべてを私にゆだねますか。もし、そうであるなら私について来なさい。」ペテロはエルサレムでの大失敗を考え、そのような言葉をイエスから聞こうとは夢にも思っていませんでした。ペテロだけではなく、他の弟子たちもイエスの赦しと新たな命令を待っていたのです。おそらく弟子たちは、「人間を獲る漁師になろうと努力したが、駄目だった」、とあきらめていたでしょう。しかし、イエスは言われました。「わたしについて来なさい。人問をとる漁師にしてあげよう。」(マルコ11:7)

■12弟子と私たちの関係
 クリスチャンである私たちが、イエスを信じる者として自覚しなければならないことは、12弟子と同じように、自分たちもまた長所、短所を持った人間であるということです。天のみ国へ完全な弟子として入れる者は一人もいません。

 天のみ国へ入る方法はただ一つです。それは主のみことば(聖書)を聞くこと、祈ること、主のお働きを人生の中で見分けることなどをとおし、弟子として成長することです。そうするためには、時間をかけ、意欲を正しい方向に向けなければなりません。

 ローマ12章1節から2節にかけて、「良き主の弟子」になる指示が記されています。「そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。」

 私たちは進んで主に従う「器」にならなければなりません。エレミヤは、神に陶器師の家へ行くように言われました。そこでエレミヤは、陶器師が粘土で制作中の器を自分の手で壊し、再びそれを自分の気に入った形に作り変えるのを見ました。神はこう告げられました。「イスラエルの家よ。この陶器師のように、わたしがあなたがたにすることができないだろうか。……主の御告げ。……見よ。粘土が陶器師の手の中にあるように、イスラエルの家よ、あなたがたも、わたしの手の中にある。」(エレミヤ18:6-7。)神はこう仰せられているのです。「イスラエルの民が悔い改めて、私の元に戻って来るなら、私は祝福する。イスラエルの民だけでなく、誰でもへりくだって私の元へ戻って来る者を祝福する」と。

 何と素晴らしいことでしょうか。神は私たちが間違いを起こしたり、主の教えに対して呑み込みが遅かったり、神を拒んだとしても、私たちをはねつけたりなさらず、赦してくださるのです。弟子たちの行動を考えてみてください。どんなことをしでかしても、イエスは彼らを赦され、終始一貫、み傍に彼らを置かれました。

 神は私たちが悔い改め、主に仕える努力をするなら、何度でも許してくださる方です。黙示録3章19節から20節に次のように記されています。「わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする。だから、熱心になって、悔い改めなさい。見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」主は私たちに、孤独の穴に入り込んでいないで、壊れた関係を元に戻すために出て来なさい、と言っておられます。神はそれほど私たちを心配し、愛してくださっているのです。

 
 
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