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 また、インスラでは、どこに行っても常に周りに人がいました。ですから「押入れや物置に入って祈りなさい」とイエスは言っておられるのです。「祈りの小部屋(Prayer closet)」は、「祈りのショール」とも訳され、布や力ーテンのようなものを頭から垂らして祈ることでもありました。現在でも、これに似た祈りが行われています。ユダヤ人が嘆きの壁でショールを被って祈るのも、同じような意味から来ています。周りに大勢の人がいる時でも、一人になって主とお会いする必要があるのです。弟子たちは、イエスがベツサイダの人のいない場所へ行き、一人で祈っておられる姿を良く見かけました。

◆7.イエスが弟子たちにご自分を現されたのは、一度だけではなかった
 弟子たちが、最初にこの人こそ救い主だと感じたのは、バプテスマのヨハネとの面会の時でした。「その翌日、またヨハネは、ふたりの弟子とともに立っていたが、イエスが歩いて行かれるのを見て、『見よ、神の小羊。』と言った。」(ヨハネ1:35-36)。

 「ヨハネから聞いて、イエスについて行った二人のうちのひとりは、シモン・ペテロの兄弟アンデレであった。」(ヨハネ1:40)。「次の日、アンデレはシモンを見つけて、『私たちはメシヤ(訳して言えばキリスト)に会った。』と言った。彼はシモンをイエスのもとに連れて来た。イエスはシモンに目を留めて言われた。『あなたはヨハネの子シモンです。あなたをケパ(訳すとペテロ)と呼ぶことにします。』」(ヨハネ1:41-42)。しかし、その頃の弟子たちは、ほんの一時のつもりでイエスについて行ったようです。

 では、イエスが2回目にご自分を現されたのは、いつだったのでしょうか。ルカの福音書に記されているように、イエスはしばらくの間、ガリラヤの町カペナウムで教えておられました。すでにシモンをご存知で、彼の義母の病気を治されました。「イエスは立ち上がって会堂を出て、シモンの家にはいられた。すると、シモンのしゅうとめが、ひどい熱で苦しんでいた。人々は彼女のためにイエスにお願いした。イエスがその枕もとに来て、熱をしかりつけられると、熱がひき、彼女はすぐに立ち上がって彼らをもてなし始めた。」(ルカ4:38-39)。この他にも数知れないイエスの奇跡を、弟子たちは目撃しました。しかし、ペテロとアンデレは弟子を副職的なものとしてとらえていました。つまり本職の漁業は続けていたのです。

 シモンが他の弟子たちと岸辺で網を洗っていると、イエスが来られ、群集に船の上から教えるために、シモンの船を陸から少し漕ぎ出すように頼まれました。その頃には大勢の人々が、イエスの教えを聞こうと岸辺で待っていました。イエスは船に座り、群集を教えられました。(ルカ5:1-11)

 船からお話しされたのはなぜでしょうか。ガリラヤ湖近辺の聴覚研究により、ある一定の場所から話をすると、肉声でも1万5千人くらいの人に声が聞こえることがわかりました。ちょうど、古代ローマの円形劇場のようなもので、自然にできた盆地にガリラヤ湖があり、人々が座っている場所まで音が運ばれて行くようになっていました。そのことをご存知だったので、イエスはシモンの船から教えられたのです。

 
 
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