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 ペテロの義母の家と隣接した他の家も発掘されていますが、たくさんの部屋があり、その中心に中庭がありました。建物の外側四辺は路地になっていました。このような建物をラテン語で「インスラ」(insula)といい、「島に似たもの」または「孤立した丘」という意味があります。このインスラにはたいてい20から40ほどの連続した部屋があり、その外側4辺に路地がありました。八角形の教会の下にあったペテロの義母の住居跡もまた大きなインスラで、部屋が42もありました。ですから、2部屋程度の小さな家に、ペテロ、彼の妻、義母が一つの部屋に、そしてもう一つの部屋にゲストとしてイエスがおられた、などと想像しないでください。

 ペテロには妻方の金持ちの親戚がいました。そして義母の家は、イエスが教師を勤める学校でもありました。これはマルコによる福音書の中だけでも、9ヶ所に亘って書かれています。大きな家で、イエスを囲んで大勢の人々が共同生活をしている光景を頭に描いてみてください。カペナウムでは、皆、この壁や塀に囲まれてつながった建物の群れに住み、そこでイエスの教えを受けていたのです。

 その一例をマルコ2章1節から12節に見ることができます。ある中風の人がいて、彼の友人たちはイエスに彼を癒していただこうと思いました。しかし、カペナウムでイエスが教えておられる時、あまりにも多くの人々が集まったため、彼をイエスのそばに連れて行くことができませんでした。そこで、友人たちは、このインスラの家の屋根をはがし、穴を開けて病人を吊り降ろさなければならなかったのです。

 インスラの中庭は、台所として使われました。そして部屋数が多いため、4、5家族が住むことができました。祖父母、子供たち、孫たち、そして結婚してできた親類の人たち……。そこでは、家族が一つの部屋に一緒に休みました。今日のように子供たちがそれぞれの部屋を持つような状況ではなかったのです。

 ペテロの場合、義父が亡くなっていたので、妻がベツサイダのペテロの家に嫁いで来たのではなく、ペテロがカペナウムの嫁の母の家に婿として住み、一家の主人になりました。

 こういうわけで、イエスと12弟子はペテロの義母の家に住むことができたのです。そこでは皆が一緒に居・食・住を共にし、学びや集会も同じ家で行いました。イエスと未婚の弟子たちは、同じ部屋で寝起きしていたことでしょう。弟子たちは常にイエスと一緒に気楽な福音の旅をしていたのではなく、たいていカペナウムでイエスから教えを受けていました。ここから判断できることは、私たちが今まで想像していた以上に、弟子たちは奮闘努力の体験学習をしていたということです。

 いつも大勢の人に囲まれたインスラでの生活では、一人になるということは貴重なことで、ご褒美をいただくようなものでした。マタイ6章6節でイエスが「あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋にはいりなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。」と言っておられます。

 
 
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