これを機会に、私たち自身の生き方を見直してみましょう。私たちの偏見が「大勢の人々を天国へ導く妨げ」になっていないでしょうか。自分たちのグループ以外の人たちにどのように接触しているでしょうか。特に貧困者、犯罪に関わった人、ホームレス、または売春婦に対してどう反応し、どのように福音を述べ伝えてきたでしょうか。
◆5.弟子たちは私たちが想像しているほど貧しい漁師ではなかった
たいていの人々は、弟子たちを非常に貧しい漁師だったと思っています。彼らがお先真っ暗な人生を歩んでいる時、ナザレから説教者であるイエスが来て、漁をしていた彼らに「私について来なさい」と言われたので、網や仕事を捨ててついて行ったのだと思いますか。そうではないと思います。新約聖書に「弟子たちは私たちが思っているほど貧しくなかった」と解説があるでしょうか。漁師の仕事を捨ててイエスについて行く決心は困難だったでしょうか。
シモンは彼自身の船を持っていましたし、おそらく他のベツサイダの男性たちも、それぞれの船を持っていたことでしょう。しかもそれは、小船ではなく大海原へ乗り出すことのできる大きな船でした。そこから考えると、決して貧しい漁師ではなかったように思えます。現在でも、雨が降らず水位が低くなると、湖の西側に何百もの船を修理する時に使ったドックを見ることができます。また、個人の船が錨を下ろせるU型の港があります。それと同時に、新約聖書時代のなごりで、湖畔には船をロープで引っかけて止めておく杭のようなものも残っています。
弟子たちが想像以上に裕福だったことが一番良くわかる箇所は、マルコ1章20節です。「ヤコブとヨハネは父ゼベダイを雇い人と一緒に船に残して、イエスについて行った。」もしかすると会社名があったかも知れません。例えば「ゼベダイ水産有限会社」のような……。いずれにしてもゼベダイと彼の4人の息子、それに雇い人の6人で、会社らしき物は持っていたようです。会社名に“国際”とか“万国”などを付け、大勢の社員がタイムカードを押して出入りするような、大きな会社を夢見ていたかもしれません。会社名や大きな会社を持つ夢はともかく、彼らは破れた網を使っているような小さな漁をしていたのではなく、当時としては相当手広く漁業をしていたようです。
◆6.弟子たちは奮闘努力の学習体験をした
新約聖書は電報のように簡潔な方法で書かれています。それだけ見ると、弟子たちがイエスの教えを聞き、質問するのは、大勢の人が集まった公の場所のみと思うかもしれませんが、時にはイエスと弟子たちだけになることもありました。
カペナウムで発掘された、4世紀に建てられた八角形の教会は、1世紀にあった家の跡に建てられたようです。そしてその1世紀の家はペテロの妻の母親の家であったと信じられています。その家からイエスと弟子たちの奉仕活動が始まりました。
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