イエスの教えの中に「税金を払う」という問題があります。当時、社会人は7種類の税金を払わなければなりませんでした(4種類はローマ帝国、残りの3種類は神殿)。それ以外にも地方税があり、これは自分の住んでいる土地以外の場所へ出るたびに払わなければなりませんでした。その上、地方税には定まった額が設定されておらず、取税人はローマ帝国の要求額以上を取り、余分の金額は自分たちの懐にしまい込んでいました。つまり、それが取税人の給料だったのです。信心深いユダヤ人は「取税人」と「罪人」は同意語だと思っていました(マタイ9:11、11:19、18:17)。ですから、ベツサイダからエルサレムに行くまでの間に、額の定まらない税金を7回も払わなければなりませんでした。そして、その大部分が彼らの忌み嫌うローマ帝国に入金されました。
弟子たちは熱心な信者でしたから、ローマ人を嫌うことは当然だと思っていました。しかし、イエスは、税金についてどのような教育をされたでしょうか。マタイ17章24節から27節に次のようにあります。「また、彼らがカペナウムに来たとき、宮の納入金を集める人たちが、ペテロのところに来て言った。『あなたがたの先生は、宮の納入金を納めないのですか。』彼は『納めます。』と言って、家にはいると、先にイエスの方からこう言い出された。『シモン。どう思いますか。世の王たちはだれから税や貫を取り立てますか。自分の子どもたちからですか、それともほかの人たちからですか。』ペテロが『ほかの人たちからです。』と言うと、イエスは言われた。では、子どもたちにはその義務がないのです。しかし、彼らにつまずきを与えないために、湖に行って釣りをして、最初に釣れた魚を取りなさい。その魚の口をあけるとスタテルー枚が見つかるから、それを取って、わたしとあなたの分として納めなさい。』」
イエスはローマに税金を納めることについて質問されたとき、このような説明をされました。「『納め金にするお金をわたしに見せなさい。』そこで彼らは、デナリを一枚イエスのもとに持って来た。そこで彼らに言われた。『これは、だれの肖像ですか。だれの銘ですか。」彼らは、『カイザルのです。』と言った。そこで、イエスは言われた。『それなら、カイザルのものはカイザルに返しなさい。そして神のものは神に返しなさい。』」(マタイ22:19-21)
ゼロテ党の人々にとって、それは受け入れ難いものでしたが、イエスはここで別の考え方があることを教えられたのです。
◆3.弟子たちはバプテスマのヨハネの伝道によって生まれた
当時、バプテスマのヨハネの教えは、多くの宗教熱心なユダヤ人に受け入れられていました。ヨハネの教えは「終末論的ユダヤ教」でした。
ユダヤ人たちは「この日」、「あの日」という概念で終末について理解し合っていましたら「この日」とは苦悩の多い現在の日々のことで、「あの日」とは未来の「メシヤ王国の到来の日」のことを指しています。そして一度「あの日」が来るなら、主がすべてのことを良き方向に向けてくださると考えていました。1世紀の人たちは、「あの日」になれば、主が大いなる力で歴史にご介入されると信じていたのです。しかし、彼らの人生にとって、メシヤ王国は未到来のまま終わってしまったのです。
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