ですから、イエスの弟子たちにとって、ジュリアスの人々は「他の群れの羊」だったのです。弟子たちは、「神が異邦人やギリシャ化したユダヤ人を愛されるはずがない」と考えていましたから、そのような人々と交流を持つことは考えられなかったのです。現在でも、若干のユダヤ教のラビやキリスト教の牧師が、世の中にあって汚されることを避けるために、信徒に「他の群れの人たちに近寄らないように」と教えています。イエスの時代、異邦人が通り過ぎる影を見ただけで、全身を水に浸す清めの儀式で体を洗わなければならないと教えた律法学者さえいました。イエスの弟子たちはそのような社会の出身だったのです。
弟子たちが異邦人と兄弟のように親しく交わっていたとすれば、使徒10章のつじつまが合いません。この箇所に出てくるコルネリオという人物は、貧乏人を助ける信仰の篤い異邦人でした。ある日、彼は次のような幻を見ました。神のみ使いが現われ、彼にこう命じました。「ヨッパに使いを出し、シモン・ペテロという人を捜しなさい。彼はあなたに『主』のことを話してくれます。」そこで彼は使いを遣わし、ペテロを家に招きました。ペテロは弟子を連れてコルネリオの家へやって来ました。コルネリオは仲の良い友人や親類の者と共に待ち受けていました。そこでペテロは「ご承知のとおり、ユダヤ人が外国人の仲間にはいったり、訪問したりするのは、律法にかなわないことです。ところが、神は私に、どんな人のことでも、きよくないとか、汚れているとか言ってはならないことを示してくださいました。」と言っています。(使徒10:28)
つまり、ペテロは一度も異邦人と交わったことがなく、ジュリアスヘ行ったこともありませんでした。そして汚れた食物を食べたこともなかったのです。コルネリオからの使いが来る直前、昼食の準備を待つ間、ペテロは神からの幻を見ていました。その幻とは、天が開き、大きな敷布のような布が四隅をつるされて地上に降りて来るもので、その中には清い動物と汚れた動物がいました。ペテロはその幻を受け入れることができませんでした。しかし、「ペテロ。さあ、ほふって食べなさい。」という声が聞こえました。ペテロは言いました。「主よ。それはできません。私はまだ一度も、きよくない物や汚れた物を食べたことがありません。」再び声があって、彼にこう言いました。神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない。」(使徒10:13-14)
コルネリオの使いが来た時、「ペテロ、いっしょに行きなさい。私が彼らを迎えに来させたのだから」と神は語られました。ペテロは人も動物も同じように“清いもの”と“汚れたもの”に分類していましたが、その時何をするべきなのか悟ることができました。それは、「異邦人にも神の福音を伝える時が来ている」ということです。コルネリオの所に着いた時、皆の前でペテロは次のように言いました。「これで私は、はっきりわかりました。神はかたよったことをなさらず、どの国の人であっても、神を恐れかしこみ、正義を行なう人なら、神に受け入れられるのです。」(使徒10:34-35)
初期のクリスチャンが、いかに人種差別的な生活をしていたかを知っていただくためにも、もう少し深く学んでみましょう。
弟子たちや信徒たちは、ペテロが異邦人に福音を伝えたことを聞き、皆恐れ、ペテロに厳しく迫りました。「あなたは、割礼のない人たちのところに行って、食事を共にしたということだが。」(使徒11:3)。ペテロがそれについて説明すると、彼らは初めて、福音はすべての人々のものであることを知りました。そして彼らは「神は、異邦人にも命にいたる悔い改めをお与えになったのだ。」と言って神をほめたたえました(使徒11:18)。それまでは、福音はユダヤ人だけのものだと考えていましたが、以後、この福音をすべての人と分け合うようになったのです。
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