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しかし、単に飽きだとか不満だからというのは、他の方向を捜し求める理由とはなりません。もちろん、その不満の原因は新しい方向へ進むようにと、主が私たちに示されているのかもしれませんが、主との交わりから外れているために、与えられている召しが手の間からすり抜けているためである、という可能性もあります。どんな決断をする前にも、まず主との関係を正しく立て直しましょう。
最後に、あなたの召しが魅力的ではないとか、他の人と比べて劣るように見える場合でも、不満に思ってはいけません。また試練の渦中で、異常な心理状況になり、“今こそ違う方向へ動くべき時だ"と思える時も気をつけてください。置かれている場所で成長し、主がどのように働いてくださるのかを、期待して待ち望みましょう。
第2コリント11章の24節から27節には、パウロが直面しなければならなかった試練の数々が記載されています。「ユダヤ人から三十九のむちを受けたことが五度、むちで打たれたことが三度、石で打たれたことが一度、難船したことが三度あり、一昼夜、海上を漂ったこともあります。幾度も旅をし、川の難、盗賊の難、同国民から受ける難、異邦人から受ける難、都市の難、荒野の難、海上の難、にせ兄弟の難に会い、労し苦しみ、たびたび眠られぬ夜を過ごし、飢え渇き、しばしば食べ物もなく、寒さに凍え、裸でいたこともありました。」
すべては主の栄光のためです。だからこそ、これらの苦境をパウロは耐えることができたのです。
◆あなたの召しは何でしょう
もっともっと、主イエスのようになる。
イエスをあなたの救い主、そして主権者とする。
あなたの歩みから偶像を取り除く。
あなたとその証しを壊そうとする地獄の力に立ち向かう。
神と人との前にバランスのとれた、聖書的な人生を生きる。
日々あなたへの主のみ心を知ろうと努める。
- そこにみことぱとの一致があるか
- 霊において確かにそれが自分への導きだというしるしと平安、そして確信があるか
- この時で良いのか。すべての状況が混乱なく進んでいるか
あなたが置かれた場所で成長を重ねていく。これらすべてを短く言い表すなら、私たちは全員が主を知り、主をあらわすために召されているのです!
エルサレムからシャローム
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