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 聖書が示すもう一つの偶像は、「この世に属するもの」です。「世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。もしだれでも世を愛しているなら、その人のうちに御父を愛する愛はありません。すべての世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢などは、御父から出たものではなく、この世から出たものだからです。世と世の欲は滅び去ります。しかし、神のみこころを行なう者は、いつまでもながらえます」(第1ヨハネ2:15-17)とヨハネは言っています。

 ヘブル11章25節には、「はかない罪の楽しみ」とありますが、それについても考えてみましょう。確かにある種の罪は、肉の欲望に喜びや満足をもたらします。しかし、罪は父なる神から私たちを引き離し、それ自身が偶像ともなりえます。

 仕事や家族、また主にある伝道活動のような、罪が入り込まないように見える事柄さえも偶像となりえます。神の召しの中にあっても、あまりにも忙し過ぎる場合、その仕事本来の中心であるべき神を見失う可能性があります。どうかお聞きください。私は仕事や家族、ミニストリーに対する健康な熱意が悪いと言っているのではありません。しかしあまりにもこれらに集中し過ぎて、み心を仰がずに自分の肉だけで動かそうとするなら、それらが神と私たちの間に足場を見つけ、偶像となるのです。

 パウロはテサロニケの人々について、次のように言っています。「あなたがたがどのように偶像から神に立ち返って、生けるまことの神に仕えるようになったか」(第1テサロニケ1:9)。欧米では、異教の寺院を目にすることがないために、自分たちにも偶像の問題があることをイメージすることができません。しかし、誰も偶像礼拝の可能性を免れることはできません。ヨハネは彼の最初の使徒書簡を次のように結んでいます。「しかし、神の御子が来て、真実な方を知る理解力を私たちに与えてくださったことを知っています。それで私たちは、真実な方のうちに、すなわち御子イエス・キリストのうちにいるのです。この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。子どもたちよ。偶像を警戒しなさい。」(第1ヨハネ5:20-21)

 神を救いとし、人生の主とし、心を尽くして求めることは、主と私たちの関係を正しく保ってくれます。

◆神を知り、神をあらわす
 救いをとおして新たにされた人生で守るべき第二の基本原則は、積極的にキリストに見習い、日々の歩みの中でそのご性質と働きをあらわし、他の人々を神の王国に導くことです。神のみ心は「神を知り、神をあらわす」と要約することができます。

 
 
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