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BFP編集部 2001年7月

 ヨハネ6章に「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません」とあります(ヨハネ6:35、48)。ここで「私が命のパンです」と言っておられます。簡単な言葉ですが、実はとても深い意味が含まれています。なじみ深いこの言葉をとおし、イエスは何をおっしゃりたかったのか、理解を深めていきましょう。意味をよく知るために、まずそれらのお話しの「背景」や「聖書時代のパン」について考えてみます。

■聖書時代とパン

◆神秘的な生命
 古代の人にとってパンは「神秘的な命」を象徴していました。彼らは自然に生えている植物を、それぞれの収穫期にやみくもに採取していたわけではなく、その年の収穫から種子を残しておき、翌年それを蒔き、刈り取ることを覚えました。あのように小さく、しかもカラカラに乾燥した種子が生きていることは、大変不思議です。さらにその種子を粉にすると、食べ物に早変わりするのです。種子を切り開いて中を見ても、植物らしきものは見あたりませんが、種子を土の中に入れて水を与えると、奇跡が起こったように芽を出して、大きな植物になります。この奇跡は言うまでもなく、主のお働き以外の何ものでもありません。外観は死んだように見えても、主のお働きがあれば、息をし始めるのです。なぜなら、主が生命の源だからです。人間は決して種子や生きた細胞を創造したり、それらを成長させたりできません。それをおできになるのは主だけです。

 最近、エジプトのギザにあるピラミッドの中で見つかった麦の種子を、イスラエル人の農学者が、ロンドンの大英博物館から買い取り、土に植えて水を与えました。すると芽が出てきたのです。数千年前の種子が生きていたのです。私たちは“種を蒔くと、芽が出る"ということは知っていますが、もっと深く考えるとき、「一体どうなっているのだろうノノ」と不思議で仕方がありません。神の創造のみ業は、本当に神秘的です。

 古代の異教徒は、豊作を願って、バールやアシュタロテ神のような偶像を多く所有し、それに頼っていました。イスラエル人はパンを、神から送られた「不思議な命」だととらえていましたが、砂漠や乾燥地域に住んでいたので、収穫が少なく苦労しました。一方フェニキア人(現在のシリア、レバノン、イスラエルの地にまたがっていた古代王国)は、北部と西部の良い土地と気候に恵まれ、毎年多くの収穫がありました。現在、考古学者が古代イスラエル人の家の敷石の下から、多くの偶像を発掘しています。古代イスラエル人は彼らの神から離れたわけではなかったのでしょうが、フェニキア人たちのような、目に見える世の中の成功につられて、もしものための小さな保険のような感覚で、偶像を持っていたのでしよう。

 考古学者は、この3千年前の「イスラエル人の罪」を偶然掘り出しました。もしもの場合への不安から、手放せないで握りしめている偶像は、いつか皆の面前にあばかれてしまいます。そのような罪なる思いは今すぐ捨て、神にすべてをゆだねていく必要があります。

 
 
 
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