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◆私たちは相手を赦さなければなりません
 いったん神から赦しを受けたなら、他の人々を赦し、恨みを抱くことがないようにと教えられています。パウロは言っています。「互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。」(コロサイ3:13)

 マタイの福音書18章21節から35節には、無慈悲なしもべに関するイエスのたとえが書かれています。ここでペテロは、「主よ。兄弟が私に対して罪を犯したばあい、何度まで赦すべきでしょうか。七度まででしょうか。」と質問しています。それに対してイエスは、「七度まで、などとはわたしは言いません。七度を七十倍するまでと言います。」(21、22節)と答えました。このたとえの終わりでは、無慈悲なしもべが、主人から大きな借りを帳消しにしてもらったにもかかわらず、小さな借りがある人を赦さなかったことを厳しく叱りつけています。無慈悲なしもべは牢屋に入れられ、彼の借りを返し終えるまで罪に問われることになりました。イエスは次のように結んでいます。「あなたがたもそれぞれ、心から兄弟を赦さないなら、天のわたしの父も、あなたがたに、このようになさるのです。」(35節)

 また、マタイの福音書6章14、15節でも、「もし人の罪を赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの罪をお赦しになりません。」とおっしゃっています。ほとんどのクリスチャンが日常的にとなえている「主の祈り」でも、「私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。」(マタイ6:12、ルカ11:4)と教えられています。これらの教えから、神の赦しを得たければ、他者を赦さなければならないと命じられているようです。罪の赦しを熱心に求めつつ、他者を赦さない人は、自分が求めていることを全く理解をしておらず、それを受けるに値しません。

 古代イスラエルでは、罪の赦しを求めて祭司のもとに捧げ物を持ってくる人は、祭司から、「あなたが損害を与えた兄弟のもとへ償いのために行ってきましたか」と尋ねられました。これは祭司に捧げ物を持っていく前に済まされなければならないことでした。悔い改めて赦しを請うなら、それを赦すことは相手の義務となりました。相手が赦さなかった場合、神はそれでも彼を赦し、赦さなかった相手が赦さない罪に問われます。

 このことを言及して、イエスは次のみことばを語られました。「だから、祭壇の上に供え物をささげようとしているとき、もし兄弟に恨まれていることをそこで思い出したなら、供え物はそこに、祭壇の前に置いたままにして、出て行って、まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。それから、来て、その供え物をささげなさい。」(マタイ5:23、24)

 パウロはエペソ書4、5章で、エペソの教会の人々に「光の子どもたち」らしく、いつも悔い改めつつ歩みなさいと諭し、「怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。」(エペソ4:26)と語っています。自分と神との関係さえ正しければよいのではなく、他者との関係も正しくするために、すぐさま行動すべきであり、相手の反応に関係なく、熱心に赦しを求め、人の過ちは寛大に赦すべきです。私たちは自分の生活に秩序を保つために、あらゆる努力をすべきです。

 

 
 
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