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◆悔い改めて変えられることを絶えず選択する
 古代のイスラエルから今日のユダヤ教に至るまで、ユダヤ人たちは、この普遍的な罪の問題と向き合うための日、『ヨム・キプール』を特別に定めてきました。1年間の罪を反省しつつ振り返り、傷つけたり損害を与えた相手に赦しを請うための「畏敬の日々」と呼ばれる10日間を過ごします。この10日間の後、祈りと断食で過ごすヨム・キプール(大贖罪日)が、毎年大切に守られてきました。エルサレムの神殿が機能していた時代には、特別ないけにえが捧げられていました。それは、いけにえとして用意した1頭の雌やぎの背にイスラエル全体の罪を載せ、砂漠で死ぬように置き去りにするという儀式でした。

 罪と悔い改めは現代のテーマです。『ユダヤ教宗教生活ガイド』という本には、罪が人を神から引き離すのと同じように、悔い改めが和解をもたらすと書いてあります。悔い改めによってその人の心のあり方に変化がもたらされ、新しく生まれ変わった人格を持つ、全く新しい人へと生まれ変わるのです。ヨム・キプールは、すべての人を悔い改めへと導きます。この日、人生のより高い目的に向かって歩むために、自己の卑しい肉をいかにして克服し、訓練し、勝利を獲得してきたかということを思い起こします。そうした過程を経ることによって、人生の意味を知ることができます。また、自分自身の中に神が備えておられる高いビジョンこそが真の自分の姿であると自らに呼びかけることができるのです。この日は、自己の不完全さと訣別し、「最高の自分」を探求する努力を続行するよう人々に呼びかける日です。

 新約聖書には、実り豊かな人生を歩む道が示されています。それでも、告白、悔い改め、赦しの行動を伴う過程がなければ、そこに達することはできません。そして、神や他の人との間にいつも不和を感じ続けるようになるでしょう。キリスト教神学では、世界の罪を贖うためにイエスが死んでくださり、神が与えてくださった備えを受け取った瞬間から、人は霊的な救いを受け取ることができるようになりました。しかし、その救いの道に留まるために、パウロは次のように教えています。「そういうわけですから、愛する人たち、いつも従順であったように、私がいるときだけでなく、私のいない今はなおさら、恐れおののいて自分の救いを達成してください。神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。」(ピリピ2:12、13)

 イエスの血潮によって私たちの罪の汚れは取り除かれました。この神の恵みのもとに日々献身し、その道を歩み続けることによってのみ、神の救いは保証されるのです。それでも帳消しにしていただけるのは、故意によるものでない、過失の罪だけです。事実、それが私たちの過ちによるものである限り、「赦されないほどひどい罪」というのは存在しないのです。しかし、自分でわざと繰り返す罪は、死に至らせ(第1ヨハネ5:17)、私たちを恵みと赦しの場から引き離します。神の恵みの備えを受け取るか、拒絶するかは、私たちの自由意志による選択にゆだねられています。

 
 
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