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◆罪は問題
 罪とは正確には何でしょうか。聖書で最も頻繁に使われている「罪」を表すことばは『へタ』という語です。この語には「的外れ」という意味もあります。これは先ほど挙げたローマ書3章23節の、神の栄光に「達しない」という意味とも重なるのです。「達しない」とは、的を外していることにもなるからです。もう一つ「罪」を表すことばに、「歪められ、ねじ曲げられる」ことを意味する『アオン』があります。さらに三つ目に、「そむくこと」を表すヘブル語の動詞から引き出された『ペシャ』があります。

 神は恵みをもって、私たちに守るべき命令を与えられました。それは厳しい束縛を課すためではなく、あらかじめ用意してくださっている、実り豊かな祝福にあふれる人生に導くためのものです。神は人間の創造者、私たちの造り主です。もし神に願い求めさえするなら、私たちの心の願いをすべてご存じである神は、最高の形でそれが実現するよう働かれます。私たちは人生の輝かしい可能性を達成するため、神の似姿に造られているのです。

 しかし、神のご命令、つまり聖書の教えを破り、ねじ曲げ、歪めるとき、罪を犯したことになり、「的を外して」しまうのです。その結果、生活に争いや矛盾が入り込んできます。なぜなら、罪には現実的側面と霊的側面の複数の結果が伴うからです。その一つに、神のご臨在から隔絶されるということが挙げられます(イザヤ59:2)。神のご臨在から離れると、私たちはこの世で真に実り豊かな人生を送ることができず、また主とともに永遠のいのちを生きることもできません。また、その罪が他の人と関わるものであれば、それによって関係も破壊されます。

 イエスは、「どの教えが一番重要か」と尋ねられたとき、律法の書から次のように語られました。「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。」(申命6:5)、「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい。」(レビ19:18)

 さらにこう言われました。「律法全体と預言者とが、この二つの戒めにかかっているのです。」(マタイ22:40)

 聖書に書かれた神のご命令すべては、次の二つのどちらかに当てはまります。まず、私たちがいかに神をたたえ、神を喜ばせることができるかということが一つ。そして、いかに周りの人々を愛し敬い祝福するか、ということです。ヴィンセント・テイラーは、「私たちが神と人を侮辱するとき、罪の本質が明らかにされる」と書いています。人は高慢になると、神や他の人々よりも自分を満足させることを求めます。英語ではSIN(=罪)の単語の真中に I (=私)の文字がありますが、これはまさしく私が中心、つまり自己中心=罪の本質を表していると思います。人の罪と過ちは、間違った価値観のもとに生きているということなのです。この価値観は、調和のとれた意味のある人生を獲得するために変えられなければなりません。また、私たちがそれを獲得するには、神そして人々と和解するための赦しを受ける必要があるのです。

 

 
 
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