◆事実38
平和への努力
1992年、イスラエル人、パレスチナ人とアラブ諸国間との間に平和を築くため、故イツァック・ラビン首相がPLOとの和平交渉を開始しました。それまでイスラエルと平和条約協定とよばれる第一の協定を結びました。これは、この地域での平和を模索するために結ばれることになる、数多くの協定の先駆けとなりました。それにより、今日までにイスラエルは西岸(ユダヤ・サマリヤ)とガザ地区のすべての主要な拠点を引き渡しました。一方、パレスチナ人たちは協定において彼らが交わした約束をほとんどまだ履行していません。
オスロ協定での約束を無視して、アラファトは彼自身の意志である、「エルサレムを首都とするパレスチナ主権国家設立」をたびたび宣言してきました。旧市街の城壁やすべてのモスク、教会の尖塔にパレスチナの旗を必ず揚げてみせる、と彼は語っています。2000年1月には次のように宣言しました。「今年はパレスチナ国家独立宣言年だ。……確かに間違いなく、今年は建国元年だ」
イスラエル側は、エルサレムはすでに彼らにとって不可侵の首都であり、この点で妥協はしないとしていました。つまり、アラファト議長が彼の宣言した計画に固執するなら、争いや戦争さえ辞さないということです。
1994年、イスラエルはヨルダンのフセイン国王と平和条約を結びました。これは、それまでで最も温かい友好関係を結んだ条約となりました。両国間で、多大な通商や観光産業、その他に数多くの相互的交流が豊かに花開いています。
今日、シリアとシリアの監督下にあるレバノンとの、本格的和平締結への交渉がシリア−イスラエル間で断続的に進められています。1973年以来、シリアとの国境に紛争はありませんでしたが、イスラエルとの国交はなく、ただ「休戦状態」であるのみです。
◆事実39
奇蹟に満ちあふれる国イスラエル
今日あるイスラエルは、ユダヤ人たちの熱心な努力と神の預言的祝福によって実現された、まさに現代の奇跡です。
中東でただ一つの民主国家であるイスラエルは、保守派からリベラルなアラブ政党、無宗教から超正統派まで、多様な政治的概念を代表する多数の政党によって争われる、活気に満ちた選挙システムを誇っています。
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