index_logo
index_visit
Key For The Bible
Now On Sale
australia israel usa canada uk&europe south africa puerto rico australia
israel usa canada uk&europe south africa brazil puerto rico australia ukraine
PAGE
4
 

 ユダヤ人たちが移住してきてこの地域を盛んに開拓し始めると、当時すっかり衰え疲弊していたオスマン帝国各地から、職を求めるアラブ人たちがパレスチナに押し寄せました。今日、「パレスチナ人」と呼ばれる多くは、これら新しく移住してきたアラブ人たちの子孫です。

◆事実22
 1914年に始まった第1次世界大戦は、中東にも広まりました。1916年、フランスとイギリスは戦後のオスマン帝国の処理を巡って、合意計画を提起するために共同の委員会を発足しました。まだ帝国が英仏に倒される前であったにもかかわらずです。英国側の代表はマーク・サイクス卿、フランス側の代表はシャルル・フランソワ・ジョルジュ・ピコでした。これが1916年の三国協定(サイクス‐ピコ協定)として知られるもので、中東に新しく効果的な国境線を引いたものでした。しかし、彼らの興味はそこに住むことになる人々のことよりも、自分たち英仏の戦略的利益のほうに偏っていました。その結果、クルド人の国は今日に至るまでトルコ、シリア、イランとイラクの領土内に分割され、クルド人は公民権を奪われたままです。

 イスラエルと同様、中東の近代アラブ国家のほとんどが、現在の国境をこのサイクス‐ピコ協定によっているのです。

 多くの人々はイスラエルを、1948年にやっと独立を獲得した中東の新参国家と考えています。しかし、中東の他の国々も今世紀になってから独立を獲得したという事実を思い出していただく必要があります。例を挙げれば、サウジ・アラビア(1913年)、レバノン(1920年)、イラク(1932年)、シリア(1941年)、ヨルダン(1946年)、そしてクウェート(1961年)です。

 イスラエルには、聖書という確固とした証拠と、古くからこの地に住み続けてきたユダヤ人の存在という裏づけがあります。そのような根拠でもない限り、この地域では誰もその国境について、歴史的権利を堂々と主張することはできないのです。

◆事実23
 
第1次大戦後、トルコは戦争に敗れ、1917〜48年まで続く、英国によるパレスチナの委任統治に入ります。

 これは十字軍以来、初のキリスト教国によるエルサレム統治となりました。英国軍には三つの強力なユダヤ人軍団も参加して戦っていたにもかかわらず、中東のイスラム教徒たちは英国=キリスト教国、つまり英国軍はキリスト教の軍隊と考えていました。英国軍を率いていたのはエドマンド・アレンビー将軍です。軍事行動の一部として、彼はエルサレムの住人に飛行機でビラを撒きました。これらのビラにはアラビア語で降伏を呼びかけることばと、アレンビー将軍のサインが書かれていました。アラビア語で書いた彼の名前は「アラー・ネビ」(=アラーの預言者)と読むことができ、この命令への抵抗を考える者の心を恐怖で満たしました。

 アレンビーは熱心なクリスチャンで、彼の枕頭には常に聖書が置かれていたといわれています。この都への尊敬の念から、1917年にエルサレムに到着すると、彼はヤッファ門前で下馬して徒歩で入場し、「我々は戻ってきました」と言ったそうです。それから1948年の独立まで、エルサレムは英国統治下となります。

 
 
B.F.P.Japan MAP