神の契約の民であり、長兄であり、信仰の先駆者であるユダヤ人に対して、また聖書的ユダヤ教に対して、教会が愛を示し、尊敬することを学ぶことができる日がいつか到来するよう祈りましょう。
預言者イザヤはこう語っています。「義を追い求める者、主を尋ね求める者よ。わたしに聞け。あなたがたの切り出された岩、掘り出された穴を見よ。あなたがたの父アブラハムと、あなたがたを産んだサラのことを考えてみよ。わたしが彼ひとりを呼び出し、わたしが彼を祝福し、彼の子孫をふやしたことを。まことに主はシオンを慰め、そのすべての廃墟を慰めて、その荒野をエデンのようにし、その砂漠を主の園のようにする。……」(イザヤ51:1-3)
また、パウロはこう語っています。「……根が聖ければ、枝も聖いのです。もしも、枝の中のあるものが折られて、野生種のオリーブであるあなたがその枝に混じってつがれ、そしてオリーブの根の豊かな養分をともに受けているのだとしたら、あなたはその枝に対して誇ってはいけません。誇ったとしても、あなたが根をささえているのではなく、根があなたをささえているのです。」(ローマ11:16-18)
ローマ書11章28節の、「彼らは、福音によれば、あなたがたのゆえに、神に敵対している者ですが、選びによれば、先祖たちのゆえに、愛されている者なのです。」のみことばにもあるように、イスラエルが神ご自身によって大切に育てられた「栽培種のオリーブの木」であることをパウロはよく理解していました。
これこそ、私たちクリスチャンがユダヤ人との間に持つべき真の結びつきです。したがって、神の契約の民に対する反ユダヤ的なことばや態度に反対の立場を取ることが、私たちの従うべき道となるのです。反ユダヤ主義的な姿勢を助長してきたのは、私たち教会の父祖たちの責任ですから、この反ユダヤ主義に対抗することは、なおさら私たちクリスチャンに課せられた「命令」なのです。
◆ステップ4
新たな関係作りに向けての第四のステップは、この目標達成のため、実際的なプランを立て、確信に基づいてそれを行うことです。ヤコブは、「また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。」(ヤコブ1:22)と言っています。私たちとユダヤ人の関係においても、このみことばを適応していく必要があります。ユダヤ人は聖書のことばを守り、実際にそのことを行為で表す人々だからです。
聖書の掟を守るということは、その掟について話し合うだけではなく、実際の行動をとおして実行することです。ユダヤ人は、人物の外側の行いそのものが、その人物が内面で確信したことの表れであると見なします。ただ口に出すだけなら簡単ですが、行いはことばより大きく訴えるものなのです。ヤコブの言うとおり、私たちクリスチャンにとってもこのことは真実です。「それと同じように、信仰も、もし行ないがなかったなら、それだけでは、死んだものです。」(ヤコブ2:17)
ユダヤ人について、パウロはクリスチャンに向かってこう語っています。「それは、あなたがたの受けたあわれみによって、今や、彼ら自身もあわれみを受けるためなのです。」
|