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 私たちにこの贈り物を与えてくれたユダヤ人は、憎まれるどころか、むしろ愛されるべき存在なのです。過去の教会がユダヤ人に対して侮辱や迫害を加えましたが、そのような権利は私たちにはありません。むしろ、ユダヤ人に対して私たちは喜びと感謝を抱くべきです。イスラエルとユダヤの人々がもたらしてくれた、この「イェシュア」という光がなかったなら、私たち異邦人は今もトーテムポールや石像といった偶像を礼拝していたことでしょう。

◆ステップ2
 新しい関係への第二のステップは、キリスト教から生まれた反ユダヤ主義が、過去、そして現在においても存在すること、そしてそれが繰り返されてきた原因は教会にあったという点を認めることです。へりくだり、悔い改めの精神をもって、ユダヤ人、教会そして世界に対して、クリスチャンが犯した過去の悪行について、真の悲しみと悔い改めを表す必要が私たちにはあります。神の契約の民、そして神の土地であるイスラエルの国を理解し受け入れること、また、私たちの側のあわれみに基づいた行為とがそのことにつながるのです。ローマ書11章においてパウロは、ユダヤ人について「その父祖たちのゆえに、神に愛されている人々であり、私たちのあわれみによって、彼らもあわれみを受けるであろう」と指摘しています。

 「あなたがたに触れる者は、わたしのひとみに触れる者だ。」(ゼカリヤ2:8)と神が言われるほどに愛されている契約の民に対して、サタンが用いた最大の武器が教会であったことは悲しむべき事実です。これら多くの、恐ろしい反ユダヤ的行為をした歴史上の教会関係者が「本当のクリスチャンではなかった」という理屈は必ずしも正確ではありません。彼らの多くが「熱心なクリスチャン」という評価に値する人物だったのです。

 マルチン・ルターを例に挙げましょう。彼の功績を疑う人は誰もいません。しかし、彼は反ユダヤ主義の歴史上、最も忌まわしい表現を含んだ書物を書き、また発言しました。ルターのように、最初はユダヤ人の熱心な支持者でありながら、ユダヤ人に対する期待を裏切られたことで失望し、反ユダヤ主義者となってしまう人々もいるのです。こうした人々がユダヤ人に対して示したのは、真実でも無償の愛でもなく、隠された動機をはらんだ不純な思いだったのです。

 「ユダヤ人を憎め」という間違った教えを受けたクリスチャンが、ユダヤ人に対して憎しみを抱くのは一般的な事実です。こうした事実を理解することをとおして、私たちは「この悪の行為をもう二度と繰り返してはならない」という気持ちを新たにすることができます。

◆ステップ3
 新しい関係作りへの第三のステップは、反ユダヤ主義に対して、公然と戦いを挑むことです。反ユダヤ主義は罪であり、この罪に対して私たちの心といのちを守り続けていかなければなりません。反ユダヤ主義は悪の典型であり、この悪に対して霊的また物理的に戦いを挑むことは、私たちクリスチャンに課せられた使命です。ユダヤ人は、世界に対して神がそのみこころを行うため、神によって召された契約の民ですから、その民に対して戦いを仕掛けて迫害を加えるのは、神に戦いを挑んでいることになります。この世で神に反抗している人々が「反ユダヤ主義者である」ということは理解できますが、イスラエルの神を信じる私たちクリスチャンが反ユダヤの立場を取るということは、大変残念な、大きな間違いです。ナッシュ・オグデン氏はこう書いています。「神がユダヤ人を選ばれたのはなんと不思議なことだろう。しかし、ユダヤ人の神を選んで信仰しながら、ユダヤ人を拒絶することのほうがもっと不思議だ」

 

 
 
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