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 アンテオケの司教であり、偉大な説教者であったヨハネス・クリソストムス(John Chrysostom)は、ユダヤ人を標的にして8巻の説教集を書き残しています。この説教の中でユダヤ人は、「鞭打ちの少年(whipping boy)」として書かれています。このような箇所があります。「シナゴーグは売春宿、そして劇場であるのみならず、盗人の巣であり、野獣の住みかである。ユダヤ人は誰も神をあがめないノノ彼らの本性は殺人者、悪魔に憑かれた者たちであり、放蕩と飲酒に溺れる豚のように振る舞う。彼らはお互いに殺し合い、自滅する」

 クリソストムスは、キリスト教がユダヤ教から完全に分離することを追求しました。彼は、その説教集の第4巻にこう書いています。「私、クリソストムスは、『私たちはあなたの味方です』と言いながらユダヤ人の慣習に従うことに熱心になっている人々に対してはもう充分に言いました。私が戦いを起こすのはこの人々に対してではなく、ユダヤ人に対してです。……ユダヤ人は神に捨てられた者たちであり、彼らの犯した罪に対しては何の贖いも残されていません」

 クリソストムスはある定義づけによって、キリスト教徒を反ユダヤ主義に傾けることに貢献しました。それは、「ユダヤ人全体がキリスト殺しの責めを負っている」とする定義です。彼のこの考えは、続く16世紀間に亘るキリスト教の歴史において、反ユダヤ主義者たちによって強調されることになりました。

 中世の後半、アウグスティヌスは独自の「ユダヤ人に対する説教」を著しました。そして置換神学者たちがそうであったように、「呪われた人々でありながら、なぜユダヤ人がいまだに存続しているのか」について教授しました。彼は、「ユダヤ人たちはキリストを死に追いやった人々として、最も厳しい罰を受けるべきである。しかし、彼らは神の聖なるご加護のもとに生き長らえ、彼らの聖書に基づいて神に仕え続けている。これは落ちぶれたユダヤ教に対してキリスト教の真実が勝利を取ったことの証である。ユダヤ人はこのことの『証人』――召し使いとなるように定められている」と断言しました。アウグスティヌスの反ユダヤ的な姿勢は、当時のキリスト教会に大きなインパクトを与えました。

 それゆえに、神聖ローマ帝国を治めていた貴族たちも、室内奴隷(Servi Cameraeというラテン語)としてユダヤ人を雇用し、ヘブル語の書物を保存するための書院係や、当時キリスト教徒の職業としては禁じられていた高利貸しとして利用するようになりました。

 このように、キリスト教史最初の千年紀が終わる頃には、反ユダヤ主義は一つの理論として成熟していました。そして聖職者や政治家たち、一般の人たちによっても、こうした反ユダヤ主義的理論が主張されたのです。

■第2ミレニアム(西暦11〜20世紀)におけるキリスト教の歩み
◆十字軍の登場
 
キリスト教史における次の千年紀のはじめに登場してくるのは、当時、分裂がひどかったカトリック教会を一つにする試みとして行われた、1096年の第1回十字軍遠征です。キリスト教を迫害し、聖地とエルサレムを冒涜していたイスラム教徒に対し、当時の教皇ウルバヌスがヨーロッパのキリスト教国に向かって、十字軍(=聖戦)の召集を呼びかけました。

 しかし、十字軍が召集されたところで、すぐそばに標的となるイスラム教徒が住んでいたわけではありません。そこでキリスト教徒にとってイスラム教徒と同様「異教徒」であり、キリスト教の敵と見なされていた間近のユダヤ人に対して、その矛先が向けられました。十字軍に参加した人々が住んでいるその地域において、すでに「聖戦」が始められることになったのです。

 
 
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