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 4世紀初頭、オイセビウス(Eusebius)という人物は、「旧約聖書で神が約束されたことは、ユダヤ人に対してではなく、キリスト教徒に対してなされたものである。また、呪いはユダヤ人に向けられたものである」と書き記しています。彼は、教会こそが旧約聖書の教えを受け継ぐ者であり、ユダヤ教徒に取って代わったと論じています。そして、「初代教会が真のイスラエル、または霊的なイスラエルであり、神の聖なる約束を引き継ぐものである」と公言しました。神は「肉としてのイスラエル」をおとしめ、その民を捨てられ、代わりにキリスト教徒にその愛を移されたことを証明するのが重要であると考えたのです。

 このことから、教会がユダヤ教とイスラエルを敗北者としておとしめ、教会側の勝利に置き換えた「置換神学」が始まったことがわかります。この置換神学は、教会の教えと反ユダヤ主義を支える重要な土台の一つとなり、今日まで至っています。

◆教会の勝利
 
西暦306年、ローマ皇帝コンスタンティヌスは、キリスト教徒を信奉するという史上初のローマ皇帝となりました。最初、彼は多元的な考え方を持っていて、ユダヤ人に対してもキリスト教徒と同じ権利を保証しました。しかし、321年にはキリスト教をローマ帝国の国教としています。この事実は、キリスト教徒に対する迫害に終止符が打たれることを意味しましたが、それは国家宗教となったキリスト教による、ユダヤ人差別・迫害の始まりでもあったのです。

 西暦305年、キリスト教徒の間からユダヤ人を分離する法律がスペインのエルヴィラにおいて可決されました。その後、社会におけるユダヤ教の宗教的行為やユダヤ人の権利に関して多くの規制が始まりました(313年のミラノ勅令)。

 ユダヤ人に対する教会の教父たちの論調にも変化が現れました。以前は防御的、またどちらかといえば弱腰であったのが攻撃的なものとなり、「群れの外の人々」、とりわけあらゆる町、村、国々に存在するユダヤ人に対する悪意をはらんだものへと変わりました。

◆中世
 
キリスト教史最初の1000年間における残りの700年は、暗黒時代もしくは中世と呼ばれています。この時代、キリスト教は異教徒の部族を改宗させながら、西側世界の大部分に拡大していきました。中世の教会指導者たちによって書かれた書物の中には、反ユダヤ主義的傾向がより強く見られます。

 ポアチエ(Poitiers)出身のヒラリウス(Hilary 紀元291-371年頃)は、このように書いています。「ユダヤ人は神によって永遠に呪われた、心の頑なな人々である」

 カッパドキアの司教であり、ヒッサ(Hyssa)出身のグレゴリウス(Gregory 394年に逝去)は、「ユダヤ人はまむし(あるいは毒蛇)の子孫たちであり、善を憎む者たちである」と書いています。聖ヒエロニムス(St.Jerome 347-407年)は、ユダヤ人についてこのように述べています。「彼らはキリストを裏切った、ユダの皮を被った蛇であり、彼らの詩篇と祈りはロバの鳴き声だ」

 
 
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