この新しいエルサレムにはもう神殿がありません。なぜなら神とその小羊がそこに宿られ、その御臨在自体が神殿となり、光の源となるからです。「私は、この都の中に神殿を見なかった。それは、万物の支配者である、神であられる主と、小羊とが都の神殿だからである。都には、これを照らす太陽も月もいらない。というのは、神の栄光が都を照らし、小羊が都のあかりだからである。諸国の民が、都の光によって歩み、地の王たちはその栄光を携えて都に来る。」(黙示録21:22-24)
新しいエルサレムは、主を敬い礼拝するために世界の国民が集まってくる、聖なる開かれた都となるでしょう。「都の門は一日中決して閉じることがない。そこには夜がないからである。
こうして、人々は諸国の民の栄光と誉れとを、そこに携えて来る。しかし、すべて汚れた者や、憎むべきことと偽りとを行なう者は、決して都にはいれない。小羊のいのちの書に名が書いてある者だけが、はいることができる。」(黙示録21:25-27)
世界で他に比べられるもののない都・エルサレムについて、聖書と歴史が何を語っているのか、この学びをとおしていくらかの洞察を皆さんが得られればと期待しています。皆さんが今月、エルサレムに思いを馳せるときに、どうか聖書の命令を忘れないでください。「エルサレムの平和のために祈れ。」です。そうすれば、「おまえを愛する人々が栄えるように。」(詩篇122:6)という祝福が皆さんに帰ってきます。
では、また来月。
エルサレムからシャローム |