昔、神がご自分のご計画を国々が理解し賛同するかを測る基準として、エルサレムとイスラエルを用いられたように、今日、再び集められ建てられたユダヤ人国家イスラエルとその首都エルサレムの町を、国々への預言的テストとして神は用いておられます。悲しいことにほとんどの指導者たちは、新しい世界秩序のために他国への影響力や力、富を増し加えることに集中し、彼らにとって「時代遅れ」な聖書のみことばとその約束には距離を置いています。
エルサレムで再びラッパが吹き鳴らされています。神はすべての人々と国々に対して、神と神の永遠のご計画に従うように呼びかけておられますが、それはいつまでも続くものではなく、すぐに終わりのときが来て、それまで呼びかけを無視してきた人々への裁きが突然、下されるでしょう。イスラエルの神が与えられたエルサレムの正当な権利をくじこうと、世界の国々と新しい世界秩序が努力していますが、これに対して聖書を信じる者たちは確固とした態度と信念を維持し続ける必要があります。皆さんの取るべき立場が一般的でないことは認めます。
しかし、これまで世界の秩序の中で大胆に聖書の側に立った人々はみな少数派でした。
エルサレムを再分割しようという世界の努力に関係なく、この町をメシア再臨に向けて準備する神の預言的ご計画の側に、しっかりと私たちは立ち続ける必要があります。これに世界が対抗してくることは、当然予想されることです。
◆第14の鍵
祈りの焦点となるべきエルサレム
詩篇122篇6節は私たちに、「エルサレムの平和のために祈りなさい。」と言っています。それは神のご計画に従って、やがて来る神の平和のために祈ることです。リディア・プリンスはその著書『エルサレムでの約束』で、地球の神が約束された中心点・エルサレムについての幻を書いています。この中心点から神のご計画、真理、そして平和がすべての地に流れ出ていきます。やがて国々からこの地への礼拝と捧げ物が送り返されることを願ってのことです。エルサレムのために実際に祈ることは、すべての国々とすべての人々を祝福することになります。事実、全世界の平和はエルサレムの平和にかかっているのです。このご計画の成就こそが地球の唯一の希望なのです。
聖書を信じるすべての人は、エルサレムの城壁の上の見張り人として呼ばれています。イザヤ書62章1、6、7節は、聖書の神、イスラエルの主なる神に祈るすべての人々に、シオンのために継続的にとりなし続けるよう呼びかけています。「シオンのために、わたしは黙っていない。エルサレムのために、黙りこまない。その義が朝日のように光を放ち、その救いが、たいまつのように燃えるまでは。エルサレムよ。わたしはあなたの城壁の上に見張り人を置いた。昼の間も、夜の間も、彼らは決して黙っていてはならない。主に覚えられている者たちよ。黙りこんではならない。主がエルサレムを堅く立て、この地でエルサレムを栄誉とされるまで、黙っていてはならない。」(イザヤ62:1、6、7)
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