私たちが生きているこの時代に、エルサレムは歴史上最大の大きさに拡張され、その美しさを手にしました。神は、ご自分の預言的みことばを成就されるために、確かに素晴らしく働いてこられたのです。今、主の再臨に備えて舞台は整えられました。エルサレムの建築は、主が戻られるためのもう一つの鍵なのです。
今日、エルサレムにはおよそ2000ものシナゴーグ、教会、モスク、その他の宗教的大建造物があります。「主はまことにシオンを再建し、栄光のうちに顕現されます。」(詩篇102:16、新共同訳)
1996年は、ダビデがエルサレムをイスラエルの首都としてから3000年を迎える記念の年として祝われました。ローマの征服以来、エルサレムは異邦人の国々に占領されてきましたが、それでも存在してきたことに変わりはありません。
皆さんは神がエルサレムに対するご自分の預言的計画を成就されていることについて、世界中の国々が喜んでいるだろうと思われるかもしれません。しかし残念ながらそうではないのです。美術家たちや音楽家たち、俳優たちや大勢の一般の巡礼者たちが、イスラエルへの彼らの一致賛同を表すためにこの町を訪れる一方で、世界の政治家たちは、エルサレムをイスラエルの首都と認めるそのような支持を表すことを一切避けています。政治公約として大使館をテルアビブからエルサレムへ移すと約束をした米国大統領でさえ、いつもこの約束の履行を破り続け、新しい大使館をエルサレムに建てることを禁止する米国議会の発議権に屈し続けています。
ソロモン王の前に立った「偽の母親」(第2列王記3:16〜28)のように、世界のある指導者たちは、不分割の都として神がユダヤ民族とイスラエル国家に与えたエルサレムの正当な歴史的権利を擁護する代わりに、それを二つに分割して、半分をパレスチナ人に渡すべきだとしています。エルサレムを二つに分けるなど、口にすることもはばかられた時代もあったのが嘘のようです。しかし現在、政治家たちとジャーナリストたちは、「それをすべきかどうか」という段階をすでに超えて、「いつそれをするのか」という次元で考えています。
エルサレムは人間が選んだのではなく、神が選んだものです!神はエルサレムに対するご自分の預言的意志に賛同しない世界の国々を裁かれるでしょう。「まことに、主は報復の日を定められる。シオンにかかわる争いを正すための年を。」(イザヤ34:8、新共同訳)
神はエルサレムに対するご自分の預言的計画に賛同しない世界の国々に対し、最後通告をされるでしょう。ゼカリヤ書12章で、メシア再臨の直前に起こる、エルサレムに立ち向かう国々への裁きの日について神は予告しておられます。主が何と語っておられるかお聞きください。「見よ。わたしはエルサレムを、その回りのすべての国々の民をよろめかす杯とする。ユダについてもそうなる。エルサレムの包囲されるときに。その日、わたしはエルサレムを、すべての国々の民にとって重い石とする。すべてそれをかつぐ者は、ひどく傷を受ける。地のすべての国々は、それに向かって集まって来よう。…その日、わたしは、エルサレムに攻めて来るすべての国々を捜して滅ぼそう。」(ゼカリヤ12:2、3、9)
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