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 しかし、1818年からユダヤ人口は宗教的多数派となってきました。今日、エルサレムの住民70万人のうち、70%以上はユダヤ人です。1800年代のはじめには、住民が1万5000人以下の、忘れられた埃っぽい地方都市に過ぎなかったエルサレムが、今再び世界の注目の的となっているのです。

 エルサレムの過去3000年間の歴史において、その人口推移を見ると、クリスチャンとユダヤ人が治めている間は住民が増え、豊かに繁栄し、イスラム教徒による支配下にある間は著しく減少していたことがわかります。

B.C.
610年
 バビロニアの征服以前のユダヤ人による統治時
 
20,000人
A.D.
10年
 ヘロデ王のもとでのユダヤ人による統治時
 
35,000人
A.D.
65年
 ローマによる征服直前のユダヤ人による統治時
 
50,000人
A.D.
638年
 ビザンチン帝国下のキリスト教徒による統治時
 
60,000人
A.D.
1050年
 イスラム教ファティマ朝の支配時
 
20,000人
A.D.
1180年
 十字軍のキリスト教支配下時
 
30,000人
A.D.
1450年
 イスラム教マムルーク朝の支配時
 
10,000人
A.D.
1690年
 オスマン=トルコによる統治の初期
 
10,000人
A.D.
1800年
 オスマン=トルコ朝中期
 
12,000人
A.D.
1910年
 オスマン=トルコ朝後期におけるユダヤ人移民時
 
75,000人
A.D.
1946年
 イギリス委任統治末期(クリスチャンの支配)
 
165,000人
A.D.
1967年
 エルサレムの統一(ユダヤ人支配下)
 
250,000人
A.D.
1999年
 最新のイスラエル国勢調査結果(ユダヤ人支配下)
 
633,700人

 エルサレムは1200年近くもイスラム教徒たちの手中にあったにもかかわらず(その間、ただ一度、短い期間の十字軍の支配を除いて)、ほとんどの場合、支配者たちは、ファティマ朝、セルジューク朝、マムルーク朝、そしてオスマン=トルコなどの、非アラブ系イスラム教徒たちでした。イスラム支配時の人口減少は、イスラム教徒たちがエルサレムを重要視していなかったことを示しています。東エルサレムがヨルダン人イスラム教徒に押さえられていて、ユダヤ人たちが入ることを許されなかった1948〜1967年の間、イスラムにとって非常に神聖とされるこの町を、イスラムの指導者として訪れた唯一の人物がいます。

 その人物とは、現在のヨルダンの王、アブドラ2世の曾祖父にあたるアブドラT世でした。彼は1953年にエルサレムへ訪問中、エル・アクサ・モスクの外でパレスチナ系住民により銃撃されて亡くなっています。

 この同時期に、ユダヤ人たちの支配の下、エルサレム市は歴史上最大の人口を持つに至ったのです。

 
 
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