◆第11の鍵
賛美と賞賛を受けるにふさわしいエルサレム
聖書中どこを探しても、エルサレムほど変わらずたたえられている場所は他にありません。そして世界中でエルサレムより他に、その究極的な栄光と永遠の平和を約束されている場所はありません。
ご自分の民に対する、神の永遠のご命令は『エルサレムの平和のために祈れ。「おまえを愛する人々が栄えるように。」』(詩篇122:6)です。
主によれば、エルサレムは永遠不滅なのです。「ダビデの王座に着く王たちや、車や馬に乗る首長たち、すなわち王たちとその首長たち、ユダの人、エルサレムの住民は、この町の門のうちにはいり、この町はとこしえに人の住む所となる。」(エレミヤ17:25)
「主に信頼する人々はシオンの山のようだ。ゆるぐことなく、とこしえにながらえる。」(詩篇125:1)
また、神はエルサレムで生まれた人々を特別に祝福しておられます。『しかし、シオンについては、こう言われる。「だれもかれもが、ここで生まれた。」と。こうして、いと高き方ご自身がシオンを堅くお建てになる。主が国々の民を登録されるとき、「この民はここで生まれた。」としるされる。セラ』(詩篇87:5-6)
昔のユダヤの賢人たちは言いました。「世界の10ある美の基準中、九つまでがエルサレムに与えられ、残りの一つが世界に特定の「場所」に対するこのような愛着は他にないでしょう。詩篇の著者もこう記しています。「麗しさの窮み、シオンから、神は光を放たれた。」(詩篇50:2)
1世紀のローマの歴史家プリニウスは、エルサレムについて「古代オリエントでずば抜けて有名な都」と書いています。
また、ジョージ・アダム・スミスは大変うまく言い表しています。「エルサレムは神の臨在が彼女と共にあることを感じた。地上の他の都市が決して経験することがなかった、神の特別な愛が、彼女だけに注がれていることを確信していた。また、神が彼女について定められたご計画に対してふさわしい者となるよう、神ご自身が労苦されておられることも。」
◆第12の鍵
いつもユダヤ人が住んでいたエルサレム
ダビデの征服以降、バビロニア捕囚(紀元前586年)の日まで、エルサレムにはユダヤ人たちが住んでいました。エズラとネヘミヤのもとでエルサレムを再建するために彼らが戻ってきて、後の紀元70年と紀元135年にローマによって徹底的に追放されるまで、増えたり減ったりしつつもユダヤ人たちはエルサレムに暮らし続けたのです。そこにはいつも「イスラエルの残りの民」が絶えることがありませんでしたが、前世紀初頭まではユダヤ人の人口が多数派となることはありませんでした。
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