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しかし、初期のイスラム教はエルサレムを聖地とは考えていませんでした。彼らはここを「ベイト・ハミクダシュ(神殿)」というヘブル語に由来する「バイト・アルムカダス」という呼び方で呼んでいました。また紀元692年には、神殿の丘に建てられた岩のドームでの儀式は月曜日と木曜日(ユダヤ人にとっての聖なる曜日)に行われ、イスラム教の聖日である金曜日には行われていませんでした。そこでユダヤ人たちがこれらの儀式に出席し、イスラム教ではなくユダヤ教の儀式様式が取り入れられることになったのです。
紀元1019年以降に書かれた『ハディース』(イスラム教の経典のひとつ)では、エルサレムとイスラムとの関係が“賛美”されています。メッカ、メディナ、ダマスカス、そしてバクダッドを賛美する内容を含んだハディースはそれ以前に出版されており、イスラム教におけるエルサレムの神聖化は、かなり後代になってからの現象であることがわかります。
イスラム世界がエルサレムを首都と考えたことはこれまで一度もありません。合計すると1000年以上にもわたる長い期間、次々にエルサレムを支配したイスラムの支配者たち、たとえば、アラブ、セルジューク、マムルーク、そしてトルコなどは、彼らが海岸平野に建てた町・ラムレにその政治的中心を置き、エルサレムを首都と定めることはありませんでした。
次号のイスラエル・ティーチング・レターでは、「エルサレムの重要性を理解するための『15の鍵』」の残る7つについてお分かちしたいと思います。以下のような内容でお伝えしていきます。
- エルサレムはイエス(イェシュア)にとって重要であった
- エルサレムは神によって遣わされた贖い主の都
- エルサレムは私たちの賛美と賞賛を受けるに値する
- エルサレムにはユダヤ人住民が絶えることがなかった
- エルサレムは聖書預言の起点となる場所
- 私たちの祈りの焦点となるべきエルサレム
- やがて来る新しいエルサレム
今月エルサレムを覚えるとき、どうか次のみことばの命令を忘れないでください。
「エルサレムの平和のために祈れ。おまえを愛する人々が栄えるように。」(詩篇122:6)
それではまた来月。
エルサレムからシャローム
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