過去700年の間に、エルサレムに関して5万から6万冊の本が書かれ、6000枚もの地図が作成されたと推定されています。こうしたすべての事実が、この地が世界の注目する中心であることを物語っています。しかし、アラブやイスラム世界においては、エルサレムは重要な場所であるとされながらも、その地図が作成されたという事実は今まで確認されていません。
「平和の町」エルサレムは歴史上、他のどの町よりも多くの包囲攻撃・戦争があった町として知られています。記録によれば、エルサレムは過去37回にわたって征服されたことが確認されています。あまり知られていないものも含めると、86回にもわたって異なる支配者の手に渡っています。
メルキゼデクとアブラハムの時代から、エルサレムは有名な町でした。主のために征服したヨシュアとダビデを除いて、エモリ人、エブス人、ペリシテ人、バビロニア人、アッシリア人、マセドニア人、プトレマイオス朝、セレウコス朝、ローマ帝国、ビザンチン帝国、ペルシア、アラブ、セルジューク朝、十字軍、モンゴル帝国、マムルーク朝、トルコ、英国、ヨルダンによる征服支配を経験し、今再びユダヤ人たちのもとに戻ってきたのです。
エルサレムは王の都であり、神がご自分のものとされた唯一の町です。これからも続く神の王国の首都なのです。ここに神殿が建てられ、ここにおいてのみ主への犠牲の捧げ物が正式に捧げられました。
イスラエルの民がバビロンの捕囚となった期間、愛するエルサレムがいつかユダヤ人の手によって再建される日を神は恋焦がれておられました。「万軍の主はこう仰せられる。『わたしは、エルサレムとシオンを、ねたむほど激しく愛した。
しかし、安逸をむさぼっている諸国の民に対しては大いに怒る。わたしが少ししか怒らないでいると、彼らはほしいままに悪事を行なった。』
それゆえ、主はこう仰せられる。『わたしは、あわれみをもってエルサレムに帰る。そこにわたしの宮が建て直される。―万軍の主の御告げ。―測りなわはエルサレムの上に張られる。』
もう一度叫んで言え。万軍の主はこう仰せられる。『わたしの町々には、再び良いものが散り乱れる。主は、再びシオンを慰め、エルサレムを再び選ぶ。』」(ゼカリヤ1:14-17)
第2神殿、あるいはヘロデの神殿は、古代世界の不思議の一つでした。ローマの歴史家ヨセフス(紀元37-93)によれば、建設には1万人の建築労働者が雇われ、資材を運び上げるのに1000台の戦車が必要だったということです。完成までに8年の歳月がかかりました。
紀元70年にローマ軍によって神殿は破壊され、後には西側擁壁の一部が土台の上に残されただけになりました。これは、壮麗さを誇った神殿とその完全な破壊を、ユダヤ人たちと世界に知らしめるためになされたことです。ほとんどの石材は平均1m×3mほどの大きさで、いくつかは12mもの長さがあり重量が100トン以上、最大で12.8m×4.2m×3.3m、重さが400トンあります。石材の表面はすべて滑らかに磨かれ、角はまるく加工されていました。高さ21.3mまでは、モルタルは全く使用されませんでした。
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