◆第2の鍵
選ばれた町
神はこの町をご自分のものとして選ばれました。この町における神の権利は永遠に変わりません。全地球上への贖いのご計画が現されるために必要なのです。
「私の町」(イザヤ45:13)、あるいはより頻繁に「私の聖なる山」(イザヤ11:9、同56:7、同57:13、エゼキエル20:40、ヨエル2:1、同3:17)と神ご自身が呼ばれるような町は、アのエルサレムを除いて、地球上のどこにも存在しません。
この町は神ご自身が名をつけられた「神の町」であることから、しばしば「聖なる町」(ネヘミヤ11:1、18、イザヤ48:2、52:1、マタイ4:5、27:53、黙示録11:2)と明快な形で呼ばれます。
神はご自分の町エルサレムを、ご自分の宿る場所として選ばれ、他のどの町よりも愛されています。「主は聖なる山に基を置かれる。主は、ヤコブのすべての住まいにまさって、シオンのもろもろの門を愛される。」(詩篇87:1-2)
「主はシオンを選び、それをご自分の住みかとして望まれた。『これはとこしえに、わたしの安息の場所、ここにわたしは住もう。わたしがそれを望んだから。
わたしは豊かにシオンの食物を祝福し……』」(詩篇132:13-15a)
◆第3の鍵
巡礼の町
ダビデは言いました。「エルサレム、それは、よくまとめられた町として建てられている。」(詩篇122:3)
この詩はダビデの時代から3000年経った今日においても、エルサレムの姿をよく説明しています。
今でも旧市街を遠くから眺めると、建物同士が複雑に組み合わさり重なりあった、パッチワークのような美しい二次元的模様が浮かび上がってきます。
エルサレムは、3000年以上にもわたって信心深い人々の主要な巡礼の場となってきました。「多くの民が来て言う。「さあ、主の山、ヤコブの神の家に上ろう。主はご自分の道を、私たちに教えてくださる。私たちはその小道を歩もう。」それは、シオンからみおしえが出、エルサレムから主のことばが出るからだ。」(イザヤ2:3)
ダビデもまたエルサレムを巡礼の目的地として書いています。「そこに、多くの部族、主の部族が、上って来る。イスラエルのあかしとして、主の御名に感謝するために。」(詩篇122:4)
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