BFP編集部 2000年9月
福音書の中に、二人の女性がイエス(イェシュア)の頭と足に貴重な香油を注ぐ場面がそれぞれ書かれています。非常に高価な香油を惜しげなく注いだこの女性たちは、どちらのケースにおいても「無駄遣い」だという非難を受けました。マルコの福音書の記述では(マルコ14:3-9)、石膏の壺に入った純粋なナルドの香油は1年分の収入に匹敵することが書かれています。しかし彼女たちは、イスラエルのメシアであったお方に対する献身と信仰の証としてこの壺を壊し、香り良い油を注ぎ出したのです。
オリーブ山東に位置するベタニアの癩者シモンの家で起こった同じ出来事についての二つの証言を、マタイの福音書26章6節から13節とマルコの福音書14章3節から9節で読むことができます。ここに書かれた女性は、壺を壊してイエスの頭に香油を注ぎ出しています。それを見た弟子たちは、香油を売れば貧しい人々を助けられたのに、と彼女を責めました。もちろん、これは彼らの側から見れば高貴な言動と見てもよいでしょう。しかし、イエスはこの出来事をとおして二つのことを教えられました。
一つは彼、イスラエルの大いなる神のメシアが、このように人前で献身の証を受けるのにふさわしい者であるということです。彼は言いました。「貧しい人たちは、いつもあなたがたといっしょにいます。それで、あなたがたがしたいときは、いつでも彼らに良いことをしてやれます。しかし、わたしは、いつもあなたがたといっしょにいるわけではありません。」(マルコ14:6-7)
二つ目は、弟子たちにご自分がもうじき殺されることを話されたのです。自分が彼らといつまでも一緒にいられないこと、そしてこの油注ぎが自分の埋葬の準備であることをイエスは語られました。「この女は、自分にできることをしたのです。埋葬の用意にと、わたしのからだに、前もって油を塗ってくれたのです。」(マルコ14:8)
イエスはこの行為にとても感じ入り、「まことに、あなたがたに告げます。世界中のどこででも、福音が宣べ伝えられる所なら、この人のした事も語られて、この人の記念となるでしょう。」(マルコ14:9)と言っています。実にそのとおり、過去2000年の間、彼女のしたことは語り継げられてきました。
もう一つの記述はルカの福音書7章36節から50節に見出せます。ここでイエスは、あるパリサイ派の人の家で招待客としてテーブルに着いていました(当時は寝そべるようにして食卓に着いた)。そこに罪人として知られる一人の女が、石膏の壺に入った香油を手に部屋へ入ってきて、イエスの足元にひざまずき、泣きながら自分の髪で彼の足を拭い、香油を注いだのです。ここではパリサイ人が、もしおまえが預言者ならそれがどういう女かわかるはずだ、と非難と侮辱のことばを投げかけました。イエスはこの男が考えていることを知っていましたから、振り向いて彼を叱られました。 |