国際会議でも同じことを尋ねました。なぜここにいるのでしょうか。会議を開いて昨年の実績を報告し、もう一年新たにこの働きを繰り返していくためなのでしょうか。
もちろん違います。私たちがここにいるのは神さまの御声を聞くため、そして主が置かれたチャレンジを受けるためだと私は信じます。対処する力を与えないまま、その仕事をせよと主はおっしゃいません。
私たちはただ主に信頼し、自信を持って戦いに出て行くべきです。
誰もが皆、与えられた位置についており、主に仕えるだけでなく、大使の役割も果たしています。つまり私たちの存在そのものが主を現し、周囲の人々に神のご性格を体現するのです。私たちの働きは、人々へ主の愛を流すことに他なりません。何よりも大切な使命は、人々を御国に近づけるために自らが神の愛を現すことです。ただ単に目の前の仕事を片づけて満足するだけであってはなりません。
ブリッジス・フォー・ピースの働きは完成への一手段に過ぎません。完成とは神の道を歩みたいと望む、周囲の人々の救い、そして贖いです。この働きを世界が必要としています。また。教会は私たちのメッセージを必要とし、そしてイスラエルは私たちの愛と和解のミニストリーを必要としています。預言者イザヤはイスラエルに対してこう預言しました。「わたしは、わたしの勝利を近づける。それは遠くはない。わたしの救いは遅れることがない。わたしはシオンに救いを与え、イスラエルにわたしの光栄を与える。」(イザヤ46:13)
あなたはそれぞれの置かれた場所において、主の召しを満たしていますか。贖いによって罪赦され、御側で得るものは、単に主との永遠の交わりだけではありません。それ以上です。それは信仰によって日々義に近づけるもの、素晴らしいいのちです。みことばは次のように言っています。「そういうわけですから、愛する人たち、いつも従順であったように、私がいるときだけでなく、私のいない今はなおさら、恐れおののいて自分の救いを達成してください。
神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行なわせてくださるのです。」(ピリピ2:12-13)
神が与えようとする召しがどれほど大きな驚くべきものであるかご存じですか。今は終わりの時であり、主の時は迫っています。このことを私は霊的に、また時代のしるしから感知しています。
終わりの日に向かって天の領域で激しさを増している霊的戦いは、目に見えるこの世の領域にも現れてくるでしょう。モーセがパロに立ち向かったときのように、サタンの魔術師たちは多くのしるしと不思議を行ってみせるでしょう。主による真の奇跡としるしによってそれらに対抗する必要があります。ここイスラエルで、使徒行伝の時代のように、主が再びご自分の栄光を現されるようになると信じます。
ブリッジス・フォー・ピースにおいては、現在よりもさらに大きな召しが用意されていると信じています。もちろん、現在の活動も素晴らしい祝福であり、継続されていくでしょう。しかし主に不可能はなく、私たちをとおしてさらに大きな働きをなしてくださると確信します。
第三千年紀への幕開けを迎えた今、主が皆様に与えようとしておられる召しは何でしょうか。どうすれば、私たちはこの特別な召しを受けるために整えられるでしょうか。
その答えこそ、聖別です。
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