エリコに住むカナン人は、雨と雷をつかさどる水の神・バアルを信仰していました。川の水が増水している時期でしたから、カナンの人々は彼らの神が守ってくれると安心していました。しかしイスラエルの神は川の水を止め、この世の神々にご自分の力を示されました。これは祭司たちが完全に自分自身を捧げ、約束の地に入るための最後の障害物であった深い急流に足を踏み入れなければ起こらないことでした。
祭司たちにとって、これは一大決心を要する挑戦であったに違いありません。シナイ砂漠で育った彼らが、水泳を習っていなかったことは確かです。それは春のことで、ヨルダン川は冬の雨であふれていました(ヨシュア3:15)。祭司たちがどんな気持ちだったかご想像ください。自分ではなく、誰か別の人が最初に足を踏み入れてほしいと皆考えたことでしょう。ヨルダン川の岸辺は非常に傾斜が険しく、深く流れが急でしたから、紅海と同様神が水を分けてくださらなければ、祭司が溺れ死ぬことは確実でした。この行為には100%ゆだねる信仰が必要でした。
◆あなたの約束の地とは何ですか?
私たちも皆、ヨシュアとともに約束の地に入ったイスラエルの民と同じです。ご自身が創造されたこの地の贖いのために、また御国を成就するために、神は一人ひとりに特別な使命を与えておられます。私たちには、神の王国を建設する仕事が与えられています。個々の欲求を満たし、肉を満足させるために、神は命を与えてくださったのではありません。主を求め、自分の召しが何であるのかを知るように呼んでおられます。一度その召しがはっきりするなら、神はそれを心からの願いにすることができるのです。
私たちは、主の御旨に逆らって荒野に留まったイスラエルの民のようになることもできます。彼らはそれでも主の臨在に守られ、衣食住の供給を受け続けました。しかし、彼らは決して約束の地へ入ることはありませんでした。彼らは、主が用意された最高のものを拒否し、2番目の祝福で落ち着いてしまったのです。
「主を知っている」とは、主がともにいてくださることであり、その臨在の中にいるなら、主は必要を満たしてくださいます。主から与えられている最高の召しを成就するために働いているでしょうか。それとも2番目の祝福に落ち着いてしまっているでしょうか。約束の地へもう足を踏み入れたでしょうか。また、約束の地が何であるかを、祈りのうちに主に尋ね求めるために十分な時間を取ったことがあるでしょうか。
どうか私たちブリッジス・フォー・ピースとともに祈ってください。主が私たちに、そしてあなたに、さらなる使命を用意しておられると信じます。主は来たるべき神の王国達成に備え、より大きな働きを達成するために、過去四半世紀の間、私たちにこのミニストリーを与え続けてこられました。毎日の仕事を単調に繰り返す以上のことが私たちには用意されています。私たちが地上でより力強い神の証人となること、巨人たちを征服して豊かな約束の地を受け継ぐ人となることを神は望んでおられます。しかしこれは知的理性や理論による、だらだらとした会議だけでは成し遂げられません。
私たちは多くの経験を重ねてきました。また、計画を発展させ、たくさんの人々を祝福してきました。しかし、もう一度思いを新たにして主の御前に聖別され、主とのチャンネルがきちんと合うようにしなければなりません。さもなければ、神の最高のご計画を知ること、そしてそれを成就することは決してできないでしょう。
|