創世記36章6-9節には、エサウは彼の親族とすべての財産を携えて、兄弟ヤコブを離れて他の地へ行ったとあります。彼は丘の上、セイルの山地に住みつきました。聖書はエサウがエドム人の先祖であることを告げています。特に、エサウの子孫がエドム人であるために、イスラエルは彼らの土地ではなかったことをも告げています。オバデヤ書には、エサウの息子たち(エドム)がヤコブの子孫(イスラエル)を常に迫害したために、彼らへの運命(滅亡)の宣告がなされています。「あなたの兄弟、ヤコブへの暴虐のために、恥があなたをおおい、あなたは永遠に絶やされる。」(オバデヤ10)
◆第7の鍵
神はイスラエルに、神が与えられた地を征服するように言われた
申命記 1章8節にこうあります。「見よ。わたしはその地をあなたがたの手に渡している。行け。その地を所有せよ。これは、主があなたがたの先祖アブラハム、イサク、ヤコブに誓って、彼らとその後の子孫に与えると言われた地である。
ヨルダン川の東岸で、イスラエル人が約束の地に入ろうとしていたとき、主はヨシュアに言われました。「『わたしのしもべモーセは死んだ。今、あなたとこのすべての民は立って、このヨルダン川を渡り、わたしがイスラエルの人々に与えようとしている地に行け。あなたがたが足の裏で踏む所はことごとく、わたしがモーセに約束したとおり、あなたがたに与えている。あなたがたの領土は、この荒野とあのレバノンから、大河ユーフラテス、ヘテ人の全土および日の入るほうの大海に至るまでである。……強くあれ。雄々しくあれ。わたしが彼らに与えるとその先祖たちに誓った地を、あなたは、この民に継がせなければならないからだ。」(ヨシュア
1:2-4、6)
そして、ヨシュアは民にこのように語りました。「『生ける神があなたがたのうちにおられ、あなたがたの前から、カナン人、ヘテ人、ヒビ人、ペリジ人、ギルガシ人、エモリ人、エブス人を、必ず追い払われることを、次のことで知らなければならない。」(ヨシュア3:10)
それから、ヨシュアは人々が川の向こう側に渡ることができるように、主がどのようにしてヨルダン川の水を分けてくださるかを伝えました。このことによって、人々は神が彼らとともにいてくださることを知り、エリコから始め、地域ごとにその地を征服したのです。
イスラエルの地をめぐる争いの現実は何も新しいことではありません。また、今日の土地問題に関しても、神がユダヤ人とともにおられないとはどこにも書かれていません。ところが、「イスラエルには神にふさわしくない多くの戦争や争いがあるため、今日のイスラエルは神のご計画の役割を果たすことができない」とクリスチャンが言うのを私は聞いてきました。いつからそのような認識の違いが起こってきたのでしょうか。国々は旧約聖書の時代を通じて、アブラハムの子孫であるユダヤ人に対し、イスラエルの地において戦いを挑んできたのです。ヨシュアがイスラエルの民をその約束の地に導き入れたその瞬間から、その地を占領するための戦いがありました。ダビデ王は、隣人であるペリシテ人たちと常に戦っていました。今日もなお争いがあるとしても驚くことがあるでしょうか。神に敵対する者は、常に神のご計画に対抗して戦っているのです。
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