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 神の賜物は、その栄光のために用いられるべきです。申命記16章17節ではこう言っています。「あなたの神、主が賜わった祝福に応じて、それぞれ自分のささげ物を持って出なければならない。」

 マタイ伝25章14-30節にある、タラントの話を思い出してください。3人の人が、主人からそれぞれ5タラント、2タラント、1タラントを受け取りました。5タラントと2タラントを受け取ったふたりは、それを用いて主人のために利益を得ました。彼らは、「私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。」(マタイ25:21、23)と言われ、主人から報いを受けました。しかし、1タラントをもらった者は、何もせず、使わないまま主人に返しました。主人の答えは厳しいものでした。「だから、そのタラントを彼から取り上げて、それを十タラント持っている者にやりなさい。」 ……「役に立たぬしもべは、外の暗やみに追い出しなさい。そこで泣いて歯ぎしりするのです。」(マタイ25:28、30)。

 神は個々に賜物とタラントを与えておられます。他の人を見て、自分より多い、少ないなどと考えてしまいがちですが、私たちは皆、少なくとも“救い”というひとつの賜物が与えられています。「タラントを用いて、より多くの祝福を受けよ」というのが、この物語の要点です。むしろ、用いられなければなりません。もし用いないなら、それらを失い、それに伴う祝福もみな失うでしょう。イエシュアは告げられました。「あなたがたは、世界の光です。山の上にある町は隠れる事ができません。また、あかりをつけて、それを枡の下に置く者はありません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいる人々全部を照らします。このように、あなたがたの光を人々の前で輝かせ、人々があなたがたの良い行ないを見て、天におられるあなたがたの父をあがめるようにしなさい。」(マタイ5:14-16)。「山の上の町」とは、現在のサヘドのことだと信じられています。サヘドは、ガリラヤ湖を眺める山の上にあります。イエシュアの時代、おそらくその光が、遠く離れたところからも見えたのでしょう。今日でも、ガリラヤ湖から何キロも離れた丘の上にある村々の光を見ることができます。その光を隠す方法はありません。これは、主がくださった賜物と祝福を用いて、周りの世界を祝福するときのあり方です。人々は、この光を見ます。あなたの光をしまいこんで、忘れてしまってはなりません。それを用いましょう。さもなければ、それはなくなってしまいます。そして、多くの賜物を持っている人々や、それらをより多く用いている人々に分け与えられてしまうでしょう。信仰をもって踏み出し、あなたに与えられている賜物を神のご栄光のために用いるとき、それは天の栄光となります。自分にではなく、神に焦点を合わせてください。神は内なる賜物を増やし、あなたは“主人の喜び”を共に楽しむことができるでしょう。

◆神の賜物とイスラエル
 イスラエルとユダヤの民のために、神は特別な賜物を用意しておられることが、聖書をとおしてわかります。それと同時に、彼らを祝福する人々のためにも、特別な賜物が用意されています。これは心踊ることです。

 創世記12章3節で、アブラハムが召されたとき、神はこう言われました。「あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。」 イスラエルとアブラハムの子孫を祝福するとき、そこには恵みがあります。しかし、もしそれを行わないなら、そこにはのろいがあります。

 ローマ人への手紙を書いたとき、パウロは異邦人に強くこう言いました。「異邦人は霊的なことでは、その人々からもらいものをしたのですから、物質的な物をもって彼らに奉仕すべきです。」(ローマ15:27)。

 
 
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