恵み:「しかし、私たちはひとりひとり、キリストの賜物の量りに従って恵みを与えられました。」(エペソ4:7)。
知恵・知識・幸福:「なぜなら、神は、みこころにかなう人には、知恵と知識と喜びを与え、罪人には、神のみこころにかなう者に渡すために、集め、たくわえる仕事を与えられる。」(伝道者の書2:26)。「神は……知者には知恵を、理性のある者には知識を授けられる。」(ダニエル2:21)。「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。
ただし、少しも疑わずに、信じて願いなさい。」(ヤコブ1:5-6)。
休息:「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイ11:28)。
神の栄光:イエシュアは彼の弟子たちに言いました。「またわたしは、あなたがわたしに下さった栄光を、彼らに与えました。それは、わたしたちが一つであるように、彼らも一つであるためです。」(ヨハネ17:22)。
いのちの供給:「わたしは知った。人は生きている間に喜び楽しむほか何も良いことがないのを。
また、人がみな、食べたり飲んだりし、すべての労苦の中にしあわせを見いだすこともまた神の賜物であることを。」(伝道者3:12-13)。
御霊の賜物:「私たちは、与えられた恵みに従って、異なった賜物を持っているので、もしそれが預言であれば、その信仰に応じて預言しなさい。」 これらのものは、預言・奉仕・務め・教え・管理・励まし・知恵・知識・信仰・いやし・奇跡・識別力・異言とその解釈・使徒・預言者・伝道者・牧師と教師を含みます(ローマ12:6-8、第1コリント12章、エペソ4:11-13参照)。
聖書を学ぶとき、あなたは毎日必要とするものとともに、いのちを変える奇跡の賜物を見ることでしょう。神は、人間が必要としているものすべての源です。テモテへの手紙にこうあります。「この世で富んでいる人たちに命じなさい。高ぶらないように。また、たよりにならない富に望みを置かないように。むしろ、私たちにすべての物を豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くように。」(第1テモテ6:17)。
神は、惜しみない豊かな贈り主です。イエシュアはこう告げておられます。「その日には、あなたがたはもはや、わたしに何も尋ねません。まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたが父に求めることは何でも、父は、わたしの名によってそれをあなたがたにお与えになります。
あなたがたは今まで、何もわたしの名によって求めたことはありません。求めなさい。そうすれば受けるのです。それはあなたがたの喜びが満ち満ちたものとなるためです。」(ヨハネ16:23-24)。パウロは一層強く確信してこう言います。「私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。」(ローマ8:32)。さらにパウロはピリピの人々に言いました。「また、私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。」(ピリピ4:19)。ペテロはこう結んでいます。「というのは、私たちをご自身の栄光と徳によってお召しになった方を私たちが知ったことによって、主イエスの、神としての御力は、いのちと敬虔に関するすべてのことを私たちに与えるからです。」(第2ペテロ1:3)。
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