それは、神の御名のために成されなければならないことであり、神の御名のために必ず実現することであると書かれています。損なわれた土地と人々は、物理的にも霊的にも分散しています。国々の中で神の御名が汚されたのです。その過程が修正され、回復されるとき、神の御名は回復します。
なぜこのみことばが重要なのか
「神の賜物と召命とは変わることがありません。」(ローマ11・29)
イスラエルの歴史は挑戦と苦しみに満ちています。これらの苦しみは、彼らの不従順によって引き起こされたこともありますが、そのほとんどは神の民として選ばれたことによって起こったものです。「地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」(創世12・3b)。この民族の子孫としてお生まれくださったひとり子の犠牲を通して、神の恵みが表されました。
神は、諸国の民をその信仰によって、この選びの中に加えられました。使徒パウロはエペソとローマの教会へ宛てた手紙の中で、この深い恵みについて説明しています。
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「そのころのあなたがたは、キリストから離れ、イスラエルの国から除外され、約束の契約については他国人であり、この世にあって望みもなく、神もない人たちでした。しかし、以前は遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスの中にあることにより、キリストの血によって近い者とされたのです。……こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです。」(エペソ2・12-13、19)
「もしも、枝の中のあるものが折られて、野生種のオリーブであるあなたがその枝に混じってつがれ、そしてオリーブの根の豊かな養分をともに受けているのだとしたら、あなたはその枝に対して誇ってはいけません。誇ったとしても、あなたが根をささえているのではなく、根があなたをささえているのです。」(ローマ11・17-18)
神はご自分の御名のために今立ち上がり、イスラエル民族に約束された預言を成就しておられます。また私たちクリスチャンも同じ木に接ぎ木され、同じ約束の中に入れられています。
私たちは神の家族になるという恩恵にあずかるだけでなく、選ばれた責任も同時に課せられています。
1996年、ノーベル賞受賞者で大司教のデズモンド・ツツは、パレスチナ当局の会議で挨拶をしました。彼の背後にはアラビア語で書かれた横断幕、「最初に、土曜の人々を殺す、それから日曜の人々を殺す」が掲げてありました。これは、まずユダヤ人、次にクリスチャンを全滅させるという意味です。これはただの脅しではありません。世界宣教の状況を国別に統計、報告している『オペレーションワールド』は、クリスチャンの活動に制限を加えている国が66カ国、キリスト教を迫害する政府の下に生きるクリスチャンは4億人以上と発表しています。また信頼できる情報では、毎年16万人以上のクリスチャンが信仰のゆえに命を落としているとされています。
イスラエルは人類救済の核となるという役割を終えていません。そのため、それを阻止しようとする悪しき攻撃の最前線に立たされています。私たちクリスチャンにも、今後多くの戦いが待ち受けています。それに対抗する力は祈りです。イスラエルそしてクリスチャンに与えられた独自の召命に従って固く立ち、祈り続けていく必要があります。祈りこそが、この戦いを最後の時まで耐えられるようにするためのものなのです。 |