「わたしはあなたがたを町から連れ出して、他国人の手に渡し、あなたがたにさばきを下す。 あなたがたが剣に倒れ、わたしがイスラエルの国境であなたがたをさばくとき、あなたがたは、わたしが主であることを知ろう。」(エゼキエル11・9-10)。 さらに、主は人々にご自身を明らかにするために、ご自身の民に素晴らしいことをなされます。 「わたしがあなたがたを国々の民の中から連れ出し、その散らされている国々からあなたがたを集めるとき、わたしは、あなたがたをなだめのかおりとして喜んで受け入れる。わたしは、諸国の民が見ている前で、あなたがたのうちに、わたしの聖なることを示す。 わたしが、あなたがたの先祖に与えると誓った地、イスラエルの地に、あなたがたをはいらせるとき、あなたがたは、わたしが主であることを知ろう。」(エゼキエル20・41-42)。神が、ご自身の民イスラエルへの約束を実現されることを通して、他国の人々にも同様にご自身を示される計画がそこにあります。 「わたしは、諸国の民の間で汚され、あなたがたが彼らの間で汚したわたしの偉大な名の聖なることを示す。 わたしが彼らの目の前であなたがたのうちにわたしの聖なることを示すとき、諸国の民は、わたしが主であることを知ろう。 ―― 神である主の御告げ。――」(エゼキエル36・23)。 裁き、訓練、恩恵がどのようなものであっても、神の目的は、地上でその御名があがめられ、賛美されることに他なりません。
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| 困難な時にも喜ぶことこそ、私たちがなすべき神への応答 |
私たちの応答
先に述べたように、私たちは苦難に直面しているときでさえ喜びます。 なぜなら私たちは、その結果を知っているからです。 どんなに困難な時で
あっても、喜ぶことこそ、私たちがなすべき神への応答です。
神は人生のすべてに深く関わっておられ、私たち一人ひとりに対して素晴らしい目的をもっておられます。それがたとえ荒廃の内に隠され、苦しみばかりだと思えるような状況にあったとしてもです。
詩篇46篇の中で記者が最初に応答していることは、「それゆえ、われらは恐れない。」ということです。 簡単なようですが私たちは皆、それが決して容易ではないことを知っています。
たいていの人々は、ダビデが置かれていたような類の状況にはありません。 私たちにはダビデがこの詩篇を書いたときの心情は分かりません。 しかしダビデは、この困難な時にあって神が共にいてくださることを体験した者として、その確信について語っています。 ダビデは熊やライオンに遭遇し、ゴリヤテの前に立ちはだかり、サウル王や自分の息子アブシャロムから命からがら逃げ出し、また、戦場にあっては数え切れないほどの敵に立ち向かっていきました。 私たちは地震や津波に遭遇したことはなくても、ダビデの証しを信頼することはできます。 神はそのただ中におられます。そして神は私たちの避け所であり、力となってくださいます。 荒廃、戦争、弓、槍、戦車について語った後、神は言われます。 「やめよ。わたしこそ神であることを知れ。」(10節) ヘブライ語で「be still (Strong's #7503)」とは、単に静かにするというだけの意味ではありません。 それは、やめさせ、断念させ、休ませ、見捨て、行かせることを意味します。 ある翻訳では「戦いをやめる」と書かれています。 恐怖に包まれたとき、私たちはリラックスすることなどとてもできません。 むしろ緊張します。なぜなら私たちは自分自身、あるいは他の人を防衛する本能に支配されているからです。 私たちは死ぬことを恐れ、傷付くことを恐れ、また、何かをあるいは誰かを失うことを恐れます。 究極的には、もし神が命を望まれるなら、私たちは喜んでお渡しすべきです。 主イエスはそれをこのように表現されました。 「自分のいのちを自分のものとした者はそれを失い、わたしのために自分のいのちを失った者は、それを自分のものとします。」(マタイ10・39)
神は言われました。 ヤコブの神はあなたの「refuge (避け所)〔Strong's #7682〕」、すなわち、あなたの高き所、安全な高台、または、休息の場です。 「それは、主が、悩みの日に私を隠れ場に隠し、その幕屋のひそかな所に私をかくまい、岩の上に私を上げてくださるからだ。
今、私のかしらは、私を取り囲む敵の上に高く上げられる。」(詩27・5-6a)。 それは私たちを休息させる神のみことばです。私たちは皆、それを体験しています。 もし心を痛め、傷付いているなら、みことばを読む時間をとりましょう。 そうすればたちどころにストレスが減少していくのが分かります。 「すべての考えにまさる神の平安」(ピリピ4・7) がその鍵です。 子どものころ、私はたくさんの聖句を暗唱しました。 しかしそれ以降、みことばを覚えることをあまりしませんでした。 暗唱することの重要性を思い、みことばを記憶したいと長年考えてきました。
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