隠れ場はまた、とりなしの場です。金の子牛事件の後、モーセは人々の罪の赦しをとりなすために、神の下に戻りました(出エジ32・30)。そして神は、「人が自分の友と語るように、顔と顔とを合わせてモーセに語られた」(出エジ33・11)のです。それは親密さを表す場所です。しかしモーセはそのことに甘んじることなく、勇気をもって嘆願しました。「どうか、あなたの栄光を私に見せてください。」(出エジ33・18)。それはまた、礼拝の場でもあります(出エジ34・8)。モーセが二度目に神と40日間を過ごして山から降りてきたとき、モーセの顔は光を放っていました(出エジ34・30)。そこは神のご臨在の中であり、神の栄光を経験できる場所なのです。
この偉大なるモーセも、隠れ場の外側で自分の力に頼って行動したとき、大きな過ちを犯しました。民数記20章において、神はモーセに、岩から水を出すために言葉で命じるように告げておられます。しかしモーセは、言葉を発する代わりに、怒りを込めて岩を二度打ってしまいました。それによってモーセは、神のあわれみ深いご性質を民に示すことができませんでした。時に私たちも隠れ場の外側に出て、自分の力で他の人々に神を伝えようとするとき、失敗してしまうことがあるのではないでしょうか。
(2 )恐れがない勝利の場所
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少年時代のダビデはほとんどの時間、
羊飼いをして
“隠れ場”に過ごした
(イスラエル観光局提供) |
羊飼いの少年として、ダビデは羊とハープと共に、静かな丘でほとんどの時間を独りで過ごしていました。夜空に輝く満天の星の下、ダビデは神との交わりをゆったりと楽しんでいたことでしょう。ダビデの詩篇から、「隠れ場」における神との親密さを想像することができます。若者であったダビデは、その隠れ場でのみ生きていたので、まるで他の場所を知らないかのようです。
第一サムエル記17章で、ダビデがどのようにゴリヤテを倒したのかを読み直してみましょう。ここでダビデには、恐れのかけらもありませんでした。自信にあふれ、言いました。「このペリシテ人を打って、イスラエルのそしりをすすぐ者には、どうされるのですか。この割礼
を受けていないペリシテ人は何者ですか。生ける神の陣をなぶるとは。」(Tサムエル17・26)
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| ゴリヤテに立ち向かう少年ダビデ |
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ダビデはゴリヤテの大きさに少しもひるみませんでした。しかし、ゴリヤテの不遜な態度に憤慨します。不敵にも神をあざけるとは!ダビデはサウルに語りました。「あの男のために、だれも気を落としてはなりません。このしもべが行って、あのペリシテ人と戦いましょう。」(Tサムエル17・32)
このような状況に置かれたら、私たちのほとんどは怯えてしまうことでしょう。双方の軍隊が見守る中で、しかも目の前に巨人が立ちはだかるようなとき、私だったら膝はがくがく、心臓はどきどき、恐れおののいてしまうことでしょう。しかしダビデは違いました。何千人もの人々が見守る中、まるでこんな経験が何度もあったかのように巨人の前に立ち、勝利を信じて疑いませんでした。この戦いは神に敵対する者との戦いだった |