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  D.ベン・グリオン
  イスラエル国家の誕生を宣言する
デビッド・ベン・グリオン
www.israelimages.com/GPO
  西暦1948年5月14日、午後4時、デビッド・ベン・グリオンが立ち上がり、集まっていた聴衆に向かって演説し、「古代ユダヤ・ヘブロン・サマリヤの継承者として、ただ今、イスラエル国家(「エレツ・イスラエル」)が誕生しました!」と宣言しました。近代シオニズム運動の父テオドール・ヘルツルやホロコーストの犠牲者として滅ぼされた何百万人のユダヤ人の夢がついに実現したのです。奇跡が起こりました。国連が公式にイスラエルの国家を承認したのです。紀元70年にローマ人によってもたらされた離散の憂き目に遭ったとき以来、大量虐殺、民族抹殺計画、ゲットー(ユダヤ人隔離政策)、国外追放などあらゆる辛酸を乗り越えて、ユダヤ人は見事に生き延びてきました。そればかりでなく、祖国に帰還し、再建できるほど大勢の人々がどうして残されていたのでしょうか。近代のイスラエル国家の誕生は、神の奇跡による以外の何物でもありません。

 近代になって起こったこの奇跡を可能にしたのは、神ご自身です。1861年には、ロンドン、フランス、ドイツの各地でパレスチナに人々を入植させる手助けをすることを目的とする協会が設立され、それがやがてイスラエルへの移住を促進させる実際的な手段となりました。当時の暗黒時代、ロシアと他のヨーロッパ諸国にいた神に忠実なユダヤ人はシナゴーグに集い、申命記に記されたイスラエルに対する神の約束を読み続けることを止めませんでした。彼らはユダヤ人が何世紀にもわたって祈り続けてきた祈りの言葉、すなわち、「来年こそはエルサレムで神を礼拝することができますように!」という祈りを決して途切れさせなかったのです。

T.ヘルツル  
   

帰還に関する年代別の主な出来事
●1897年
テオドール・ヘルツルによって提唱された第一回目のシオニスト会議が開かれました。ほとんどの西洋諸国からユダヤ人指導者が集まり、次のような議決文が可決されました。「シオニズムは、パレスチナ地方に、憲法で保障されたユダヤ人のための故郷を造り出すことを目的とする」。

●1914年
9万人以上のユダヤ人がすでにパレスチナに住んでおり、キブツ(共同体)が少なくとも43箇所に定着していました。

●1917年
バルフォア宣言。大英帝国の当時の外相アーサー・バルフォアは、ユダヤ人のための故郷をパレスチナに設立することに賛同しました。ユダヤ人移住者の数が増加し、荒地が肥沃な畑地へと変わっていくにつれ、アラブ人は次第に恐れを感じ始め、敵対心を強めていきました(*注:イスラム教の原則では、神によって一度呪われた民が再建され、アリヤー〔帰還〕することは、悪魔の働きであると理解されている)。1929年には、ユダヤ人入植者に対する大規模な攻撃が始まりました。そして1936年、アラブ人は当時の英国による支配に対して謀反を企てました。当初、英国人はパレスチナに法と秩序をもたらす権威として存在感を示していました。しかし、1939年までに、パレスチナにおける無法状態が悪化するにつれて、英国議会はバルフォア宣言を撤回し、アラブ人の独立と彼ら自身による自治に賛同する白書を提出しました。

●1932年
イラクが独立国家となりました。

●1943年
レバノンがフランスから独立を獲得しました。

 
 
 
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