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イメージがつかめたでしょうか?
- 神は厳格な裁判官ではなく、愛に裏づけされた義なる裁判官です。
- 神はこん棒を持って打ち叩こうとする暴君ではなく、私たちを優しく戒める哀れみ深い教師です。なぜなら神は人間を愛し、義の道を歩むことを願っておられるからです。
- 神は無関心で冷たい方ではありません。温かく、愛のある慰め主です。
- 神はけちな方ではありません。私たちの必要を、またあるときは願わないものさえ喜んで与えてくださいます。
- 神は決断できない、優柔不断な方ではありまん。即座に方向性と導きを与えることができます。
- 神はいつもそこにおられる、全知全能のお方です。そして人類を愛しておられます。
ヨハネが「神は愛です」と教えたように、神と愛は永遠に切り離せないものです。そうです。御座におられる父なる神は、両手を広げ、哀れみと慈愛の目を持って、神を知る子どもたちを祝福しようとしておられます。
あなたはそれを見ることができますか。あなたはそれを信じることができますか。これは真実です。あなたは神との親しい個人的な関係を持つことができます。ある人々は、過去の貧しい地上の父親のイメージを乗り越えるために長い時間がかかるかもしれません。しかし、天の父の御許へ行き、そのご性質を正しく理解することができるように願ってください。そして、あなたのためにそこにおられる“おとうちゃん”の正しいイメージを受け取ってください。そこから、神が望んでおられる親しい個人的な関係における豊かな人生がスタートするのです。
地上の父親についてはどうでしょうか。私たちは神に託されたその働きをしているでしょうか。家族の中に、変化をもたらすことに遅過ぎるということは決してありません。これが次号のティーチング・レターの主題です。次号をご期待ください。
エルサレムからシャローム
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