ラケルが来るのを知り、ひとりになりたいと思ったヤコブは、彼らを促して、群れに水を与えるように言いました。しかし彼らはこう言いました。「全部の群れが集められるまでは、そうできないのです。集まったら、井戸の口から石をころがし、羊に水を飲ませるのです」(8節)。力持ちであることを示し、ラケルに良い格好を見せたいという心も働いたであろうヤコブは、たったひとりでその石を転がしました。「ヤコブが、自分の母の兄ラバンの娘ラケルと、母の兄ラバンの羊の群れを見ると、すぐ近寄って行って、井戸の口の上の石をころがし、母の兄ラバンの羊の群れに水を飲ませた」(10節)。彼の武勇伝は、ラケルによってラバンに伝わりました。
泉:最も満足度の高い水源は、湧水(泉)です。聖書では、「源泉」とも呼ばれています。それは地下から地表へ湧き上がってくるもので、冷たく、新鮮で、生きている水源地です。泉水を飲むことは、誰にとっても心地よいことです。貯水槽や井戸と比べ、泉の水は「生ける水」とも呼ばれ、その特質が示されています。神の霊は、この回復させる水源になぞらえられています。エレミヤは「わたしから離れ去る者は、地にその名がしるされる。いのちの水の泉、主を捨てたからだ」と言っています(エレミヤ17:13b)。
スカルの井戸におけるイエシュアとサマリヤの女の会話において(ヨハネ4:1-26)、イエシュアは、井戸の水を泉あるいは生ける水と比較して、神の御霊に関する霊的真理を説明しています。彼女は、「汲むものをもたず、その井戸は深い」と言って笑いました。しかしイエシュアは、「わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます」(14節)と言われました。

池:これは、普通小さな水源の窪みに掘られ、泉の近くにあり水を集めやすくしていました。池は人々が水源地から水を汲みやすくするものです。すでに述べたように、エルサレムのシロアムの池・ヘブロンの池・ギベオンの池のように、大抵の人は泉の近くにいました。エルサレムは大きくなるにつれ、ますます多くの水を必要としました。考古学者たちは、ソロモンからヘロデに起源する、ベツレヘムとヘブロンの間にある泉から、エルサレムに導水する導水管を発見しました。地中海沿岸のカイザリアには、自然の水源がなかったので、記念建造物となっている高い導水管をとおして、カルメル山から水を運び込みました。この導水管の遺跡は今も見ることができます。
川:最も頼りになる水源は、変わることなく流れる川です。エジプト人には、偉大なナイル川がありました。それは異教的な神々のひとつとして、あがめられるほどでした。イスラエルでは、ヨルダン川が一年中流れ続ける唯一の川です。乾期ともなれば、他はほとんど枯れてしまいます。ガリラヤ湖は、ヨルダン川を構成する一部分です。上ヨルダンはゴラン高原からフラー渓谷をとおり、ガリラヤ湖に水を注ぎます。下ヨルダンはガリラヤ湖から水を死海に運んでいます。古代の数々の共同体が、この水路沿いに住んでいました。現代の共同体のいくつかも、やはり同じ場所で暮らしています。イエシュアの働きの多くはこの地域でなされました。私たちは「いのちの川があり、私から流れて行く」というコーラスを歌いますが、これは決して乾くことのない水源をであるヨハネ伝7章38節にあるイエシュアのことばを反映しています。
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