肖像を正そう:親として、私たちは落ち着いた時代に生きています。神から子どもたちを遠ざける、魅力的な罪と誘惑に満ち満ちた世で、彼らが成長していくのは困難なことです。もしあなたが子どもに対して信仰深い親でありたいと願い、それをどのようにしたら良いのかわからないなら、「家族に焦点を」のような宣教団体から、あらゆる種類の聖書に根ざした良い資料を手に入れることができます。私たちは子どもに、この世の教えや考えをそのまま伝えることはできません。ですから、聖書に基づいて教えるように注意しましょう。
私たちは子どものために、正しい神の肖像を描いているでしょうか?今からでも決して遅くはありません。子どもたちに対して間違いを正し、神が悪い状況から良い状況に変えてくださるのを見ましょう。あなたの子どもがもう大人になっていても、彼らが育つ過程で、親として正しく振る舞わなかったとしても、今からでも「肖像を描き直す」ことができるのです。彼らがあなたと、そして恐らく神と持っている不完全な関係を回復するために、務めることができるのです。これが家族に対する神の希望です。というのは、神はこう言っておられます。「彼は、父の心を子に向けさせ、子の心をその父に向けさせる。」(マラキ4:6)
◆子どもの責任
聖書は、子どもとして両親を敬い、従うことについて多くを語っています。実は、このティーチングレターでは、この部分を語ろうとしているのです。親は地上において神を代表するのですから、敬われるべき立場に、神によって置かれています。親を敬うことにより、神を敬う報いは、長寿の祝福です。
私たちは神に示すのと同じ尊敬を両親に示す必要があり、それがレビ記19章3節の教えです。タルマッド(ユダヤ教の聖書注釈書)はこう語っています。「神を大切にすることは、父と母に敬意を表すことである。なぜなら、聖書は両親に敬意を表し崇めるのと、神ご自身に敬意を表し崇めるのとに、同じ表現を使っているからである。」
敬うとは、従う以上のことです。「従う」とは、言われたままをすることです。敬うとは、それを行う態度です。例えば子どのとき、部屋を掃除しなさいと両親に言われることがあるでしょう。もし、上機嫌で速やかにそれをするなら、彼らを敬い、従ったことになります。しかし、いやいやしたとしたら、従っただけであり、敬ったことにはなりません。敬うとは、物事の核心に迫ることです。喜んで従うという行動をとおして、敬っていることを示すのです。
両親に従いなさい:神は、主にある両親に従いなさいと言っておられます。「わが子よ。あなたの父の訓戒に聞き従え。あなたの母の教えを捨ててはならない」(箴言1:8/箴言6:20)。「子どもらよ。父の訓戒に聞き従い、悟りを得るように心がけよ。私は良い教訓をあなたがたに授けるからだ。私のおしえを捨ててはならない。・・わが子よ。聞け。私の言うことを受け入れよ。そうすれば、あなたのいのちの年は多くなる。わが子よ。私のことばをよく聞け。私の言うことに耳を傾けよ。それをあなたの目から離さず、あなたの心のうちに保て。見いだす者には、それはいのちとなり、その全身を健やかにする。」(箴言4:1、2、10、20-22)
箴言4章を読んで、神が両親をとおして私たちに伝授しておられる、知恵と悟りの全体像を掴むべきです。両親に従わなければならないのはこのためです。
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