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 他の句節には、「喪中の家に食物を運ぶとき、人目を引くように荷物を運び、間違った印象を与えないよう、それを大きな入れ物に入れて運んではなりません」とあります(ユダヤ教:chulin94a)。

 ラビたちにとって、罪の誤解を回避するという概念はとても大切であり、ただ一人でいるときも、この原則を実行すべきものと感じました。

 新約聖書にも、同じ概念を見出します。パウロは「悪はどんな悪でも(悪に見えるすべてのものを−英文)避けなさい」(第1テサロニケ5:22)と言っています。

 ギリシャ語で「避ける」という言葉は、慎む・控える・遠く離れ距離をおくという意味です。そうです。私たちは罪から離れて、避けるべきだというだけでなく、パウロはさらに一歩進んで、「悪に見えるすべてのもの」さえも避けるよう強調しています。これは誤解される可能性のあるものから逃げ去る必要があるという意味です。

 アナニヤとサッピラの物語では(使徒5:1-11)、主の前で嘘を語ったために、彼らが突然死んでしまったことに、全教会がショックを受けました。外側は万事OKと思われていましたが、神は彼らの内側で進行していることを見られました。彼らが作り出した偽りの印象は受け入れられないものであり、死さえ招いたのです。

 第1コリント8章で、パウロは偶像に捧げられた肉を食べることに触れています。彼は、信者がこの肉を食べることは全くかまわないと宣言しています。偶像は存在せず、「地とそこにあるすべてのものが主のもの」だからです。しかし、このことでつまずくかもしれない弱い信者のために、パウロはそのような肉を食べないほうがよいと結論づけています。同じ主題について、パウロはローマ書14章21節でこう言っています。「肉を食べず、ぶどう酒を飲まず、そのほか兄弟のつまずきになることをしないのは良いことなのです。」 赦されるとしても、私たちが言ったり、したりすることで、主にある兄弟たちのつまづきとなるなら、こういった外側の行動を避けるべきです。これは容易なことではありません。いつも自分自身から目を離し、主に目を向け、また他の人々の必要を考慮するときにだけ作用します。イエシュア(イエス)も、誤った印象を避けることについて強調しています。

 与えることにつき、主はこう言われました。「人に見せるために人前で善行をしないように気をつけなさい。そうでないと、天におられるあなたがたの父から、報いが受けられません。 だから、施しをするときには、人にほめられたくて会堂や通りで施しをする偽善者たちのように、自分の前でラッパを吹いてはいけません。まことに、あなたがたに告げます。彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。」(マタイ6:1-2)

 祈りについて主はこう言われました。「また、祈るときには、偽善者たちのようであってはいけません。彼らは、人に見られたくて会堂や通りの四つ角に立って祈るのが好きだからです。まことに、あなたがたに告げます。彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。 あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋にはいりなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。」(マタイ6:5-6)

 
 
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