B.F.P.Japan局長 高田 篤美 2004年12月
私はこの4年間、イスラエルからテロが無くなりますように……と、毎日真剣に祈ってきました。今も祈り続けていますが、イスラエルのテロは、一向にやむ気配がなく、相変わらず尊い命が犠牲となっています。
特に、去る5月2日に起こったテロは、私の心をえぐりました。臨月を迎えた母親と4人の幼い女の子が、車で移動中標的にされ、撃ち殺されました。至近距離で打たれたため、遺体はハチの巣のようになっていたそうです。一瞬にして大切な家族を失ってしまった父親の思いが、重くのしかかってくるようでした。
彼はきっと「ごめん。ごめん。本当にごめんね。怖かっただろう。痛かっただろう。一番傍にいなくちゃいけない時に、一緒にいることができなかった。おまえたちを守ることができなかったお父さんを許してくれ……」と、自分を責めたことでしょう。そして、できることなら、すぐに彼らの後を追いたいと思ったに違いありません。
テロに苦しむイスラエル
イスラエルでは、スーパーへ行っても、デパートへ行っても、市場へ行っても、バスに乗るときにも、空港並みのセキュリティー・チェックがあります。大きなカバンは必ず中身をチェックされますし、荷物を置いたまま、トイレに入ろうものなら、すぐに爆弾処理班が出動するという警戒ぶりです。それほど注意をしていても、悲しいかな100%テロを防ぐことはできません。
テロは、多くのものをイスラエルから奪いました。市民の命や精神的な平安はもちろんのこと、経済的にも大打撃を与えています。主なる収入源だった観光業は、崩壊の危機を通り、たくさんの人々が職を失いました。テロへの報復とテロを阻止するための防護壁の建設で、世界中から非難を受け、孤立するという、国際社会における立場も失いました。
主が心から愛しておられる民が、どうしてこんな経験をしなければならないのでしょう。神さまはなぜ、黙って見ておられるのでしょう。私たちの祈りは、届いていないのでしょうか。「あなたがいらっしゃるのに、なぜこんなことが……。」と、思わず神さまを責めるような気持ちにさえなることがありました。
しかし、神が私に語られたことは、「テロを起こしているのは神ご自身ではなく、人間の罪である。」という当たり前の事実でした。神に逆らって人間が犯し続けてきた罪の結果が、この悲しい憎しみの連鎖を引き起こしているのだということ、いや、神さまはむしろその悪いものの中から、何とか良いものを引き出そうと、私たちに必死で祈りを促しておられることを教えられました。「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」(ローマ8:28)と書かれている通りです。
蓄積し、伝承される憎しみ
先日、上海へ行った時、案内役をしてくれた女性が、日本について話をしていた時、申し訳なさそうにこう言いました。「ごめんなさい。これは内緒話なんだけど、実は私のボーイフレンドは、日本が大嫌いで、私が資生堂の化粧品を使っているだけで怒り狂って、全部捨てちゃうんです。」と……。
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