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Key For The Bible
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◆神を待ち望め 
 8節を見ますと、苦しみの中にあっても「主」に対する信仰の炎は消えていません。

 「施す」とは「命ずる」という意味です。「主が恵みに命じて、この苦しみの中にある私を助けてくださる」というのです。

 ダビデは「この神さまなしには、私は生きることはできません」と言い、9節から10節で心の中の葛藤を述べつつも、11節で再び、しっかりと信仰に立つことを告白しています。

 ダビデは、すべての救いは、ただ神さまから来ることを知っていたので、「わがたましいよ! 神を待ち望め!」と自らの魂を鼓舞しているのです。

 「神を待ち望む」とは、主が遠い星のかなたから来られるのを待つことではなく、主が、いつも共におられるのを、私たちが確信できるのを待つことです。

 宗教改革者のマルチン・ルターが、あることでとても落ち込み、自分の部屋で頭を抱えてじっと椅子に座ってうなだれていました。それを見ていた妻のカタリーナは、真っ黒な喪服を着てルターの前に現れました。

 「おい、おまえ、どうしたんだ。誰か亡くなったのか?」
 「はい、マルチン・ルターの神さまがお亡くなりになりました。」
 「ばかなことを言うな! 神さまが亡くなるわけがないじゃないか。」
 「でしたら、なぜあなたはそんなに落ち込んでいらっしゃるのですか?」

  この言葉を聞いてルターは、はっとしました。

 「そうだ。神は生きておられるんだ。だから、この問題もきっと解決してくださるに違いない。」

 そう思うと、もう一度勇気が心の底からわいてきたのです。魂の渇きの癒やしも、あらゆる問題の答えも、すべては主から来るのです。

 「……わたしは、渇く者には、いのちの水の泉から、価なしに飲ませる。」(黙示21:6)


安食弘幸 略歴
 1951年、島根県出雲生まれ。関西学院大学社会学部卒。大学時代は硬式野球関西六大学リーグの強打者として活躍。関西聖書学院卒。セント・チャールズ大卒。哲学博士。現在、日本キリスト宣教団峰町キリスト教会主任牧師。NHK文化センター「聖書入門講座」「カウンセリング講座」講師、JTJ宣教神学校講師、BS朝日『ゴスペルジェネレーション』の説教者、また、国内外の教会や一般企業、ミッションスクール、病院、福祉施設、刑務所等で講演活動を行っている。

 
 
 
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