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峰町キリスト教会 主幹牧師/B. F.P.Japan顧問 安食 弘幸 2004年8月

 オラトリオ『天地創造』などの作品を残したオーストリアの作曲家ハイドンが、ある時、当時の著名な芸術家たちと共にいた時、その中の一人がこんな質問をしました。

 「一つの作品を完成させた後、精も根も尽き果ててしまったような時、次の作品に向かう意欲や、力をどのようにして回復しますか」

 ハイドンは答えました。

 「私の家には小さな礼拝堂がありますが、疲れた時はそこに行って、一人静かに神と共に時間を過ごします。この方法が成功しなかったことは今まで一度もありません。」

 ハイドンは、礼拝を通して与えられる神の力や恵みをよく知っていた人でした。詩篇42篇は、谷川の流れを慕う鹿のように、神を礼拝することを切に求めている魂の叫びです。

 この詩の作者は不明ですが、恐らくダビデが、サウル王か、後に息子アブシャロムに、命を狙われて、放浪の旅、逃亡生活をした時のものと思われます。

◆魂の渇き
 ダビデはエルサレムに上って、そこで神を礼拝することのできない今の状況を嘆き、自分の魂が、神を求めて渇き切っていると、叫んでいます。

 「慕いあえぐ」とは、鹿などの獣が「大声で水などを求めて鳴き、ほえる」時に用いられる語です。

 なぜ、鹿が鳴き、ほえるのか。

 牝鹿は出産する時には、幾日も絶食状態となり、無事に出産すると、その後、しばらく谷川の水だけを飲んで過ごすと言われています。そんな時に、もし、水が無かったら牝鹿は生きることができません。それで、険しい坂や急な崖を下って谷川に水を飲みに降りていくのですが、崖が急で降りられない。そして下からは、谷川の水のにおいが上がってくる。降りるに降りられない、すぐ下には水がある、すると鹿は崖の上に立ち大声で水を求めて鳴き、ほえるのです。悲しい光景です。ダビデは、この牝鹿の姿と自分の姿を重ねているのです。

「私の涙は、昼も夜も、私の食べ物でした」とは、悲しみと、苦しみのあまり、食欲がなくなった状態を示しています。

 ドイツの詩人ゲーテは言いました。

 『夜な夜な涙で枕をぬらし、涙でパンを味付けした経験のない者には、天の力、神の力は経験できるものではない。』

 私たちが暗い夜空を仰いで流す涙は、決して無駄になることはありません。そのような状況こそ、私たちが神と出会う時です。

 
 
 
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