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「だから、祭壇の上に供え物をささげようとしているとき、もし兄弟に恨まれていることをそこで思い出したなら、供え物はそこに、祭壇の前に置いたままにして、出て行って、まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。それから、来て、その供え物をささげなさい。」(マタイ5:23-24)
祭壇に供え物をささげるというのは、旧約時代の礼拝のやり方を指しています。旧約時代も新約時代も、神の民にとって、礼拝は最優先の事柄です。ところが、主はここでそれよりもさらに優先しなければならないことがあるのだと仰せられています。それは何かというと、和解をするということです。主がここで仰せられていることの主旨は何かといいますと、「殺してはならない」ということの説明をしておられ、人に対して怒ることも、人をばかにすることも、人殺しであると言われました。それに続いて語っておられるのがこの箇所で、だれかが自分に対して恨みを抱いている場合もそうだと言っておられるのです。しかも、ここで主は「もし兄弟に恨まれていることをそこで思い出したなら」と言われて、自分では自覚がなくても、それを思い出したら、それも人殺しなのだと言われて、すぐに和解をするようにと教えられました。
なぜ、このことを礼拝よりも優先しなければならないのかと言いますと、人殺しをしたままの手で供え物を持って来ても、だれかの血を流したその汚れた手による供え物を、神は受け入れることができないからなのです。
この箇所を読みながら、私は日本人の一人として、アジアの人々に対してかつてひどいことをしたため、今、日本人はアジアの人々から恨まれているということに気付かされました。日本の近代化百数十年の歴史は、アジアの人々を踏み付けにしてきた歴史でした。アジアの国々が植民地化されていく中で、日本の生きる道として、そのころその可能性は二つありました。
一つは、アジアのほかの国々の人々と一緒に力を合わせて、植民地化しようとするヨーロッパの列強に抵抗する道でした。
そしてもう一つは、ヨーロッパ列強の仲間入りをして、弱い国々を植民地化することによって、植民地化をまぬがれる道でした。もちろん、前者にどれだけ成功の可能性があったかは分かりません。しかし、とにかく日本の取るべき道としてこの二つの可能性があったことは事実です。その時、日本が選んだ道は前者ではなく後者でした。そして、アジア、アフリカを通じて、唯一の植民地保有国となっていったのです。
こうして、朝鮮半島、及び台湾を植民地化しました。ですから、朝鮮半島、及び台湾の人々をはじめ、その後、中国を侵略し、アジアの諸国を武力で征服することによって、悲しむべきことに、日本人はアジアの国々の人々から恨みを買うことになったわけです。
ですから、そのことを主から示された時、私はアジアの人々への謝罪運動を提唱し、自らフィリピンをはじめとし、アジアの諸国へ赴き、謝罪のメッセージを語り、和解に努めてきたわけです。韓国では、『堤岩教会焼討ち事件』が、36年間にわたる日本の植民統治時代の残虐行為の象徴的な事件であることを知り、それを再建することを通して、謝罪と和解に努めてきました。
北朝鮮にも行って、全国民に謝罪と償いのしるしとして食糧援助(実際にお米を持っていったことと、日本全国から寄せられたお金で製麺工場と製パン工場を建てたこと)をしました。 |