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「子どもたちよ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことだからです。『あなたの父と母を敬え。』これは第一の戒めであり、約束を伴ったものです。すなわち、
『そうしたら、あなたはしあわせになり、地上で長生きする。』という約束です。父たちよ。あなたがたも、子どもをおこらせてはいけません。かえって、主の教育と訓戒によって育てなさい。」(エペソ6:1-4)
私たちの教会で1995年に大塚尭士、文恵さんという一組の夫婦が救われました。尭士さんの祖父母は、大塚正心、かねさんといいました。この大塚正心さんは静岡の医者の家に生まれ、自分も医者として修業し、横浜のヘボン博士の東京分院に勤務したことがある、明治時代のクリスチャンです。彼は82歳で亡くなるまで、生涯を救ライ事業に捧げた方で、東京目黒に『慰廃園』を創設し、牧師として、医者として働きました。妻のかねさんは、明治初期に、ヤングマン夫人の創った女子神学校の第一回卒業生であり、一人息子の大塚淳さんは、後に音楽家(東京音楽学校教授)となりました。その大塚淳さんの息子として、先ほどの尭士さんが生まれました。
大塚正心夫妻は、実子が生まれるまでの3、4年間に、養女として山田恒子さんを迎えました。彼女は養父母からキリスト教の信仰を受け継ぎ、やがてクリスチャンのエドワード・ガンドレットさんと結婚し、日本の英語教育と社会教育運動に多大な貢献をしました。彼女の弟が作曲家で有名な山田耕作さんです(『ガンドレッド恒子』 阿部光子著)。
大塚さんは、昔を思い起こして、「子どものころ、正月には暗唱聖句をすると、祖父母からお年玉をもらえました。」と話していましたが、このような言葉の中に、祖父母大塚正心、かねさんの信仰姿勢を垣間見ることができると思います。孫である尭士さんは、若いころからお兄さんと「大塚龍男とパーム・セレダース」というハワイアン・バンドを組んで、日本中を演奏活動された方でしたが、晩年、姉のキリスト教葬儀に出席した時に、長い未信者の生活を悔い改め、神に立ち返る決心をされました。このようにして、祖父母の信仰は長い年月を経て、孫の尭士さんに継承されたのです。
このようにして、私たちの内に宿っている信仰、とりなしの祈りというものは、決して私たちの世代にとどまらず、永遠なる神の御前において、時代を超えて受け継がれ、そして応えられていくものです。確かに日本においては信仰の継承は困難に思えますが、目で見える現状にあきらめることなく、子どもたちに、みことばを親しむ機会を与え、子どもたちの救いのために、祈り続けましょう。 |