◆ささやかなクリスマス
2年目の沖縄の夏も終わりを告げる烈しいスコールの後、突き抜ける青い空から灼熱の太陽が容赦なく路面を照り付ける。じっとりと汗ばむ蒸し暑い聖日の午後、「少し寒いから」と言って礼拝後足早に帰宅し、再び彼女は血を吐いた。沖縄に来て30キログラムまで増えた体重も減り、私たちの説得にようやく入院。心配して見舞いに行けば、ベッドに寝ていたためしがなかった。病床の人に手を置き、祈りながら福音を語り、死の恐怖に脅える人にみことばを送り、天国の永遠の安らぎを届けた。そして、見舞いに来る人々をみことばによって、かえって励ました。自分の体調の良しあしにかかわらず、失われる魂に向かう福音の使命に燃える信仰は、偉大な方の力によるとしか言いようがない。未知のものが多過ぎる死への本能的不安と人間の複雑な感情一切を、自分のすべてを見通し全知している神に完璧にゆだね、平安を勝ち取っていた。その姿に神の豊かな霊の実が現され、生きた真の信仰とは、神への全き信頼であることを改めて知らされた。
クリスマスのメロディーに、沖縄にもやっと冬の訪れを感じ、町並みが銀色のイルミネーションで飾られるころ、彼女は礼拝に出席できぬほど弱っていた。彼女の最も喜ぶ聖餐式をプレゼントに、ベッドの上で、命のパンと愛のブドウ液で感謝を捧げたささやかなクリスマスの日、嬉しそうにほほ笑んで「先生、ありがとう。イエスさまと一緒だから大丈夫」と、彼女は言った。この会話がこの地上で彼女と話す最後になるとは……。
◆美しき完了
この日元気を取り戻した彼女は4日後、意識不明になりICUに運ばれ危篤となった。「直ちゃん、どうした、目を覚ましてごらん。一緒にお家に帰ろう」。泣いてすがる幼子のように肩を震わせ、妻に語り続けるご主人。いたたまれなくなった私は病室を出て「主よ、ヒゼキヤのように時をください」と祈ると、2年前と同じ場面が脳裏によみがえった。もしかして……「この2年は神さまが約束してくださった時ですか」と祈り重ねると「完了した」という言葉が心を支配した。預言が成就し、あがないの業を成し遂げられ、勝利の宣言をなさったイエスさまの言葉だ。死を4回も宣告された横浜での彼女は、キリストによるよみがえりを経験し、2年間の弱くも幸せな日々を通して夫と彼女の家族に救いをもたらし、多くの人に福音の種をまいた。まさしく全能の御父は、彼女の地上での生涯を豊かに美しく完了されたのだ。ふと目を開けると、わが子のように愛された夫のご両親と、イエスの愛で結ばれた霊の家族40余名が深い祈りと賛美を捧げていた。
2003年12月31日午前3時59分、今まで二人を支え、祈り、尽くし、愛してこられた、大好きなお姉ちゃんに手を握られ、最愛なるご主人とご両親に見守られ、イエスさまと共に天の父の許に帰られた。
かつてモーセが荒野で与えた神のパン=マナは、今日も私たちの内に生きるキリストご自身である。キリストにある生涯を全うされ、すべての栄光を主に帰された直子姉妹は、真の信仰と希望、愛を証しし、朽ちることのない心のマナとなって、永遠への思いとかけがえのない財産を私たちに残してくれた。「私は死ぬことなく、かえって生き、そして主のみわざを語り告げよう。」(詩篇118:17) |