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 ダビデは長い間、彼の人気をねたむサウル王から激しい迫害を受け、命さえ狙われました。しかしダビデは、そんなサウルに対し「主が油注がれた方に対して手を下すなど、主の前に絶対にできない。」と言い、決して復讐しませんでした。彼が直面していたのは、同じユダヤ民族の中での人間関係の戦い、骨肉の争いでした。この、第一サムエル記18章から第二サムエル記4章まで記録された長い戦いに勝ち抜いていく様は、油注ぎ・聖霊の満たしがなければ絶対にあり得ないことでした。こうして神によって勝利していく姿を、ユダの人々は見ていたことでしょう。ユダの人々に愛され、信頼を受けてユダ部族の王として油注ぎを受け、ヘブロンで油注ぎの体験をしました。7年6カ月の間、ユダ部族の王として統治し、祝福と勝利にあずかることができたのです。外敵からの勝利だけでなく、さまざまな要素が織り成す複雑な人間関係にも勝利する力は、「油注ぎ・聖霊の満たし」によって与えられたものです。

◆第三の油注ぎ ――自分に勝利する
 三回目の油注ぎは、同じヘブロンで受けました。「イスラエルの全長老がヘブロンの王のもとに来たとき、ダビデ王は、ヘブロンで主の前に、彼らと契約を結び、彼らはダビデに油をそそいでイスラエルの王とした。」( II サムエル5:3)

 それはイスラエルの12部族の代表が集まり、ダビデに油を注いで全部族の王にした時です。彼はエルサレムを首都として王国を築き、33年間イスラエルを支配するという大きな祝福にあずかったのです。加えて、聖書に書かれている預言は、ことごとくダビデの時代にその原型が成就しています。こうしてみると、神の器にとっていかに油注ぎ・聖霊の満たしが重要であるかを学ぶことができます。

 しかし、この第三の油注ぎは、外敵に勝利し、人間関係に勝利するのみにとどまりません。ダビデの生涯において、もう一つの勝利を得ることを意味していました。それは“自分自身との戦いに勝利する”ことです。

 サタンは神の器を狙い、その内なる人を破壊しようと挑戦します。

 イスラエルの国が統一され、エルサレムの都が築かれ、その成功と繁栄を見ながら、民の数を数え、安心したのでしょうか。ダビデは、祝福と勝利の影に潜むサタンの誘惑に敗れ、神に対して数々の大きな失敗を犯しました。その敗因は何か。安泰からくる気の緩みにより神の前に出ることを怠り、油注ぎ・聖霊の満たしが乏しくなったのです。

 これまで、油注ぎをもってダビデに多くの勝利と祝福を与えてこられた神は、どれだけ御心を痛め、悲しまれたことでしょうか。「神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです。」(エペソ4:30)。油注ぎ・聖霊の満たしの欠乏こそ、神の悲しみであり、聖霊の嘆きなのです。「御霊ご自身が、言いようもない深いうめきによって、私たちのためにとりなしてくださいます。……御霊は、神のみこころに従って、聖徒のためにとりなしをてくださるのです。」(ローマ8:26-27)。ダビデが罪を犯した背後で、切なるうめきによって聖霊が彼のために嘆き、とりなしておられました。そして真の悔い改めとは、いかに自分が聖霊を悲しませ、苦しませ、嘆かせたかに気付くことから始まり、そこから方向転換が起きるのです。

 
 
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